インターネット翻訳 日進月歩 rapid progression

 

  Googleの翻訳機能の精度がずいぶん上がってきたような気がします。

 今日はほぼ半日、ずっと仏事やマイナビ農業のネタ探しで検索をしていたのですが、海外の話についてはこれまでほとんど日本語のサイトに頼っていました。

 英語サイトならちょっと読んでみようとするのですが、やっぱりよくわからない。

 「翻訳しますよ」と出てくるので、やってみると、ますますわからん!

 

 ということが多かったのですが、今日、改めてみるとそう悪くありません。

 たとえばこんな感じ。

 

農業革命へようこそ!

 

成長中のアンダーグラウンドで、私たちは持続的に口腔内で新鮮なマイクログリーンを生育し、サラダはClaphamの賑やかな通りの33メートル下に葉っぱになります。 最新の水耕栽培システムとLED技術を使用して、私たちの作物は、忘れられたこれらのトンネルが提供する完全な無農薬環境で年間を通して栽培されています。 管理された環境のおかげで、それぞれの小さな葉は最後まで驚くほど味わいます。 私たちの緑は、気候や季節の変化に影響を受けません。私たちは一番の場所のおかげで、作物を輸入する必要性を減らし、小売店や消費者の食糧マイルを大幅に削減します。

 

 おかしなところはいくつかあるけど、意味はわかりますよね。

 確実に進化している。

 

 ちなみにこれは、第二次世界大戦時に防空壕として使用されていたロンドンの地下トンネルを、LED照明を使った水耕栽培農場に変えようとしている「Zero Carbon Food」という企業サイト。

 

http://www.zerocarbonfood.co.uk/

 

 おかしなところは原文と比較して自分で修正すればちゃんとした日本文として使えるし、語学の勉強にもなります。

 他の言語はどうかまだわからないけど、まず英語サイトには付き合っていきたいなと思います。

 興味ある分野なら、海外サイトもどんどん見ていこう!

 


0 コメント

西暦か元号か? 今年は昭和93年?

 

 

 原稿を書いていると、過去の出来事について、それが起こったの年を西暦で書くか、元号で書くか、迷うことがあります。

 大正時代から前は併記しないと自分自身がわからないし、読者もよくわからない人が多いでしょう。

 大正3年、明治24年、慶応元年をそれぞれ西暦に直せ、と言われてその場でぱっとわかる人はあまりいないと思います。

 

 やっかいなのが昭和で、これは過去でありながら、年寄りにとってはいまだ続いている現在なのでややこしい。

 うちの母親は昭和4年生まれですが、時々、自分の齢がわからなくなります。

 

 そんなとき、僕は「今年は昭和93年。だからお母さんは89だよ」と言ってます。

 母の頭の中では西暦はもちろんですが、平成という元号は、どこか他の国の歴史の数字のようです。

 

 僕の場合は、同じ年であっても昭和〇年と西暦〇年は随分イメージが違っています。

 だから特にルールを課されない場合は、ほとんど自分の感覚で書き分けます。(字数が許されるときは極力併記しますが)

 

 たとえばビートルズの来日公演はやっぱり1966年で、昭和41年ではない。

 同じくアポロ11号の月着陸は1969年で、昭和43年ではない。

 逆に平成天皇(当時皇太子)のご成婚は昭和34年で、1959年ではない。

 前・東京オリンピックは、1964年と昭和39年、両方ありかなぁ。

 

 昭和は40年代までは風味が農厚で、その時代の空気を数字で明瞭に表現してくれるのですが、50年代・60年代になると急に印象が薄くなる。

 

 昭和50年と言われても全然ピンと来ないのだけど、1975年と言われれば長髪でベルボトムの裾がボロボロになったジーパンはいた若者が、ギター鳴らしているシーンが即座に思い浮かびます。

 昭和55年も60年も、1980年とか85年とか言われないとイメージわかないなぁ。

 

 平成は1989年から始まってて、出だしがバブルで盛り上がっていた時代だったので、明るく楽しく軽やかなイメージが強い。

 

 だけど、そのあとすぐに経済が急降下しちゃって、そのせいか日本人もおかしくなっちゃって、1990年代には心理学やらプロファイリングみたいなものが流行ってくらーくなってしまい、それがずーっとダラダラ続いて、失われた10年やら20年やらが30年になって、結局、平成はまるごとロストジェネレーションになってしまうのではないかという危機感が漂います。

 

 その平成も残り1年あまり。

 2019年から始まる新しい元号はどんなもので、どんな空気を作るのだろう?

 


昭和の喜劇は終わっちゃった

 

 鎌倉新書の取材で、2月に亡くなった左とん平さんのお別れ会に行きました。

 なんでも10年近く前のテレビ番組で

 「オレの葬式はド派手にしたい。弔問客はエキストラを呼んで5千人、霊柩車はキャデラックで・・・」なんて遺書を読み上げたそうで。

 

 長らく「さがみ典礼」という大手葬儀社のCMに出演していたので、その厚意もあり、豪華な祭壇、生前の活躍ぶりを表すパネルやタペストリー、そして遺影は190インチの巨大モニターなど、すべてにおいて豪華絢爛。

 まさしく映画・テレビ・舞台をまたにかけて活躍した大スターでした。

 

 参列者も芸能界・スポーツ界のそうそうたる顔ぶれが。

 僕が子供の頃、テレビで笑わせてもらっていた人たちが大勢いました。

 囲み取材に応じた堺正章さんの「昭和の喜劇は終わっちゃった」という一言が妙に心に残りました。

 そういえば「平成の喜劇」って言われても何だかピンとこない。

 喜劇はやっぱり昭和だなぁ。

 


0 コメント

テープ起こしの日々

 

 取材が続いたので、今週はテープ起こしと原稿書きの日々。

 きょうは先日の里山農業プロジェクトの野田君の音声を起こしました。

 録音を聞いてみて、やっと彼のヴィジョンが理解できる。

 思った以上に深く、広がりがある。

 これを一旦メモ帳に書き記して、その後、あっちこっち編集したのにプラス、合間合間に自分の文章を書き入れていく、というのが取材をした記事のオーソドックス(僕にとっては、ということだけど)な書き方です。

 

 テープ起こし(機器はICレコーダーですが)は面倒な作業で時間もかかるし、重労働ですが、手ごわい内容は、これをやらないとどうにも頭にすんなり入ってきません。

 テープ起こしをアウトソーシングすればラクに早くできるのだろうけど、そんな経済的余裕などないし、それにそう横着しちゃうと、なんだか寂しい気持ちになる。

 頭の回転が鈍いので、何度も反芻しないとよくわからないんだよね。

 この後もまだいろいろ溜っているので、どんどんやらねば。

 間もなく3月も終わり。

 こうしているとあっという間にゴールデンウィークになってしまいそうです。

 


0 コメント

鎌倉新書と新連載企画の話

 

 月に一度、鎌倉新書の打ち合わせで日本橋・八重洲方面に出向きます。

 鎌倉新書というのは葬儀供養業界のWebや雑誌を作っている会社。

 以前は仏教書を出版していたのですが、現会長が社長になった20年ほど前から、機械化とかITテクノロジーとか、非人間的なイメージを嫌うこの業界において、いち早くインターネットでの情報発信にシフトしました。

 

 「いい葬儀」という、消費者と葬儀社とを仲介するポータルサイトを開設したところ、業界内では当初、白い目で見られ、あの会社は代替わりしてダメになったと言われたらしいのですが、そこは時代の趨勢であれよあれよという間に市場に浸透。

 

 特に僕が本格的に関わり出した2年半ほど前から株はうなぎのぼりで、一昨年末にこの八重洲の一等地に引っ越したと思ったら、それから1年も経たないうちに東証一部上場を果たしました。

 

 とは言え、利益分はいろいろ始めた新事業のほうに回っているようで、外部ライターである僕のギャラが上がるわけではありません。

 

 正直、割に合わんなーと思うことが多いのですが、興味のある分野だし、ある意味、高齢化・多死化代社会に関する最先端情報(テクノロジーなどではなく、社会心理的流れとしての情報)にも触れられるので、引き続き、業界誌の月刊仏事で記事を書き、時々Webの方もやっています。

 

 その月刊仏事から新しい連載企画をやりたいけど何かない?と言われたので、以前、このブログで書き散らしたネタを思い出し、「世界の葬儀供養・終活・高齢者福祉」なんてどうですか?と提案したら、じゃあぜひ、とあっさり通って取り組むことに。

 

 国内の出張費も出ないのに「海外出張費出ますか?」なんて聞くこともできず、ネット頼りの仕事になるのは必至。

 でもイラストを描いてくれる人もいるらしいので、伝統文化と最新事情をごった煮にして分析を交えた読物風の話にしようと思っています。

 ごく個人的なことでもいいので、情報あったらお知らせくださいな。

 


0 コメント

東京唯一のブランド和牛・秋川牛と、むかしみらいTOKYO

 

 連荘で農業取材。

 26日(月)は秋川渓谷と美しい山並みが望めるあきる野市に出向き、秋川牛とご対面。出荷前・生後30ヵ月の黒毛和牛の体重は800キロ。でかっ。

 

 東京で唯一の肉牛生産牧場・竹内牧場では約200頭の秋川牛を飼育しています。

 このあたりは、日本各地の有名なブランド牛の産地に負けず劣らず、水も空気もきれいで豊かな環境なので、牛をはじめ、豚・鶏などを育てるには持ってこいとのこと。

 

 秋川牛は希少価値のある高価なお肉ですが、都内のホテル・レストラン・料理店なので口にするチャンスがあるかも。

 

 一方、武蔵五日市駅にほど近い松村精肉店は、地元で生産されるこの秋川牛の認知度を上げたいと、手軽に味わえる加工品としてレトルトカレーなど製作しています。

 オリンピックもあることだし、東京の名産品をアピールしていこうとブランド力UPに奮闘中です。

 

 昨日ご紹介した磯沼牧場+多摩八王子江戸東京野菜研究会でも聞きましたが、これら多摩・八王子地域の環境はこの20年ほどで劇的に改善され、川には清流が戻り、アユなども戻ってきているとか。

 

 今や都心で働く人たちのベッドタウンというイメージから脱却し、豊かな自然が楽しめ、農業も盛んな地域としてのイメージが高まっています。

 

 いつまでも「東京は緑が少ないから云々」なんて、手垢のつきまくったステレオタイプのセリフをほざいていると時代に取り残されますよ。

 

 テクノロジーとパラレルで進行する昔ながらの環境とライフスタイルへの回帰。

 「むかしみらい東京」がもう始まっているのかも知れません。

 


0 コメント

楽しさ・学び・癒し満載の八王子・磯沼牧場

 

 東京にこんな素晴らしい牧場があったのか!

 噂には聞いていたけど、なかなかタイミングが合わずに来そびれていた磯沼牧場(磯沼ミルクファーム)に25日・日曜日、初めて来場。

 

 多摩八王子江戸東京野菜研究会とのコラボイベントで、牧場特製のチーズとベーコン、ソーセージ、野菜てんこ盛りのピッツァ作りです。

 

 牧場主・磯沼さん手づくりの溶岩石窯で焼いたピッツァはおいしくてボリューム満点。

 

 ランチの後は乳しぼり体験、牧場ツアー(放牧場もある)、磯沼さん×福島さん(多摩八王子江戸東京野菜研究会代表)の都市農業トークと続き、あえて取材の必要なしというところまで堪能しました。

 

 場所は京王線・山田駅から徒歩10分弱。

 新宿から1時間足らずで来れるし、横浜からも近い。

 わざわざ北海道などへ行かなくても、たっぷり牧場体験ができます。

 それも観光牧場でなく、リアルな生活と結びついている生産牧場で。

 

 環境問題、動物福祉問題への取り組みなど、牧場経営のコンセプトを通じて、さりげにいろいろ勉強でき、新しいライフスタイル、これからの哲学を考えるきっかけにもなると思います。

 

 乳しぼりをはじめ、毎週のように何らかのイベントが開かれ、牛さんをはじめ動物たちに触れあえます。

 いつでもオープンなので、ぶらっと覗きに来るだけでもいい。

 

 子供たちには超おすすめ。お年寄りにも楽しい。

 ちょっと凹んでいる人、メンタルを病んでいる人も心のケアができるのではないかな。

 直売所もあって、おいしいアイスクリームやプリンやヨーグルトも食べられますよ。

 興味のある人はホームページやフェイスブックもあるので検索してみてください。

 


0 コメント

里山を事業化するナチュラルボーン・サトヤマー

 

 今回の名古屋(愛知)ツアーでは、里山の概念を農業と組み合わせ、インターネットを利用して事業化するプロジェクトを掲げる人を取材しました。

 

 彼は2002年生まれ。16歳の高校生。

 田園地帯で植物や昆虫に親しみ、かたやインターネットに親しみながら育った彼は、資本主義発展拡大病の時代に育ったぼくたちの世代とはまったく違うセンスを生まれながらに持っているようです。

 

 「里山」という概念が今、世の中に浸透しつつあります。

 里山はごく簡単に言うと、自然環境と人間の生活圏の交流地帯。そのベストバランスを保つ、あるいは破壊したものを再生するという考え方を表現する言葉でもあります。

 

 人間が生活できなくてはならないので、当然そこには経済活動も含まれるし、伝統工芸・伝統芸能といった文化芸術や民俗学系の学問も含まれるのではないかと思います。

 「人間が手を入れた自然」と言い換えることもできるでしょう。

 

 また、それらを包括する懐かしいとか、愛おしいとかいった心象風景もその概念の中に入ってくるでしょう。

 人間のあり方・生き方を問い直す哲学も含まれているのかも知れません。

 

 日本独自のものかと思っていたら、他国にも通用し、国際的にも理解が進んでいる概念で、よく言われる「持続可能」な社会にSATOYAMAは不可欠とされているようです。

 

 そういう意味では、過去200年、世界を席巻し、地球を支配してきた工業化・資本主義化の流れに対するカウンターとも言えます。

 

 高校生の彼には野外でのインタビューを考えていましたが、あいにくの雨のためはやむを得ず、岡崎市内の「コメダ珈琲店」で敢行。コーヒーと、コメダ名物「シロノワール」を食べながらの取材になりました。

 

 彼は子供のころから自由研究などを通じて里山について学び、中学生のころから戦略的にプロジェクト化を画策。近所の農家の人たちなどはもとより、自分で電話やメールで東大・京大などの教授・学者に頼み込み、取材に出かけたといいます。

 

 現在はいわばサークル的なノリで同級生やネット上の仲間が集まり、大人の支援者もいますが、まだ実務のできるスタッフがいない状況。

 コンセプトは決まっているので、まずネットを通じての「ブランド化」に力を注いでいきたいとのことでした。

 

 僕としてはこうしたことを本気で考え、事業化に取り組んでいる若僧がいるというだけで十分心を動かされました。

 

 彼のことは来月、「マイナビ農業」でUPしますが、興味のある方は「里山農業プロジェクト」で検索してみてください。

 


0 コメント

名古屋コーチンをめぐる冒険:ふしぎ・まったり小牧編

 「こんなやわらきゃー、水っぽい鶏はいかんわ。むかしのかしわはまっと歯ごたえがあってうまかったでよー」

 

 こんな軟らかい、水っぽい鶏はダメだ。昔のかしわ(鶏肉)はもっと歯ごたえがあっておいしかった、という声を受けて、一時期、市場から消滅した名古屋コーチンが、日本を代表する地鶏として見事復活を果たした物語を探るべく、今回は「マイナビ農業」で名古屋取材を敢行しました。

 

 市内にある「名古屋コーチン協会」で話を聞いた後、名古屋コーチン発祥の地である小牧市へ。

 明治の初め、この地に養鶏場を開いた元士族の海部兄弟が、地元の鶏と、中国(当時、清)から輸入したコーチンという鶏を掛け合わせてできたのが名古屋コーチンです。

 

 「だもんだで、まっとそのことを宣伝せんといかんわ。日本が誇れる名物だでよう」

 

 ということで昨年(2017年)、名鉄・小牧駅前にはコケー!と、おしどり夫婦(?)の名古屋コーチンのモニュメントが立ったと聞き、駅について改札を出たところ、出口が左右に分かれている。
 どっちだろう? と迷ったとき、すぐ目の前で駅員さんが掲示板を直す作業をしているので、尋ねてみました。

 

 「あのー、名古屋コーチンの像はどっちの出口にあるんでしょうか?」

 

 駅員さん、けだるそうに振り向き、ぼくの顔を一瞥。さらに一呼吸おいて

 「左の階段を下りてって、右に曲がってずっとまっすぐ行ったところに市の出張所がありますで、そこで聞いてちょーだゃー。それはうちの管轄でないもんで」

 

 ?????

 駅前って聞いたけど、そんな分かりづらいところにあるのかなぁ・・・と思いつつ、左の階段を降りると、なんと、その目の前にコーチン像があるではないか。

 

 ?????

 まさかあの駅員さんはこれを知らなかったのだろうか?
 それとも上司に、責任問題が発生するから、鉄道のこと以外は聞かれても答えるなと言われていたのだろうか?
 それとも奥さんと何かあったとか家庭の悩みでも抱えているからなのか?
 あるいはたんに鶏が嫌いで、コーチンお話なんかのしたくなかったのか? 

 

 たくさんの疑問に駆られながらも、前に進まなくてはなりません。
 海部養鶏場(跡地)にはどういけばいいのか。
 ちょうど目の前に観光案内所があったので入ってみました。

 

 平日ということもあってお客は皆無。
 ぱっと見た目、アラサーぐらいの女の子がひとりで机に向かって、わりとのんびりした感じで書類の整理みたいなことをやっています。
 そいえば時刻はちょうどランチタイムでした。

 「あのー、海部養鶏場跡地に行きたいんです」
 「え、何です?」
 「海部養鶏場です。カイフ兄弟。名古屋コーチンの」
 「あ、ああ、ああ、名古屋コーチンのね」
 「たしか池ノ内というところなんですが・・。歩きじゃちょっと無理ですよね」
 「ええと。そうだと思います。ちょっとお待ちくださいねー」

 

 と、アラサーの女性はあちこち地図やらパンフやらをひっくり返し始めました。
 市の観光スポットの一つに加えられたらしいと聞いていたので、即座に答えが返ってくるものと想定していた僕は思わぬ展開にちょっとびっくり。


 その女の子は一人じゃだめだと思ったのか、奥に入っておじさんを引っ張り出してきて、ふたりでああだこうだと大騒ぎで調べ始めたのです。

 お昼の平和でゆったりとした時間を邪魔してしまったようで申し訳ないなと恐縮しつつ、実はなんか面白いなと思いつつ待っていたら、もう一人、お昼を早めに済ませて戻ってきたおにいちゃんが加わって3人で合同会議。

 

 それで出てきた結論が「タクシーで行ったら?」というもの。
 べつにタクシーを使うお金がないわけじゃないけど、アポがあるわけじゃなし、急いでいるわけじゃないし、第一ここまで大騒ぎしたのに、それなら最初からタクシーに乗ってるよ、バスとかないんですか? 地元の人といっしょにバスに乗ると楽しいいんですよと言うと、バスルートと時刻表を調べて、やっと案内が完了しました。

 

 この間、約20分。効率主義、生産性アップが叫ばれる世の中で、このまったり感はどうだ。急いでいたら頭にきてたかもしれないけど、旅というのはこうやって余裕を持って楽しむものだ、と改めて教えてもらった気がしました。


 考えさせられる不思議な駅員さんといい、まったりした観光案内所といい、皮肉でなく、おかげで楽しい旅になりました。小牧の皆さん、ありがとう。


0 コメント

永遠の現物支給

 

 きょうは確定申告の最終日でしたが、先週会ったお友だちの会計士さんは締切間近でストレス満載の様子でした。

 その彼がぼそっとつぶやいたセリフが

 「現物支給でも、永遠に続けばいいんだけど」

 

 え、まさか現物支給の報酬で会計を?

 そういえば、半年前に会った時は、つぶれそうな食品会社の経理を請負っているとか言ってたけど・・・。

 

 追及するのはやめときましたが、「永遠の現物支給」という言葉が頭に残ったので、それについて考えてみました。

 

 何でもお金の世の中で、ちょっとした贈り物も、冠婚葬祭の引き出物も、現金・カード・商品券などが喜ばれます。

 そうした風潮の中で現物支給――それも1回2回こっきりじゃなくて、毎月ずーっと支給が続くとしたら、何がもらえたら嬉しいだろうと考えると・・・

 

 やっぱり食べ物ですね。

 会計士さん、食品会社でよかった。

 なに、よくない?

 

 缶詰、レトルト、乾物、冷凍食品・・・

 そんなもの1か月分もらうと嵩張るし、置き場所に苦労する。

 それに毎日食べたくない。

 かといって生鮮食品は日持ちしないし・・・

 

 と考えていくと、ベストはお米だ!

 お米なら毎日食べられるい、真夏でも1カ月くらいなら保存も問題なし。

 うちはひと月10キロ食べるけど、それくらいなら置き場所にも困らない。

 

 ついこの間、イベントの仕事「五つ星お米マイスターのおいしいお米講座」でお米の食べ比べをやったけど、毎月ちがう品種のお米を支給してもらえれば、いろんなのが試食出来て、ますます楽しい。

 

 ――と話すと、そこは会計士さん、チャチャっと数字に置き換えて、

 「1カ月10キロ、平均5000円として1年で6万円。10年で60万円。17年しないと100万円超えませんよ。安すぎる~。お金でもらわなきゃだめだ~」

 

 なるほど。お金にすると確かに安い。

 でもね、お金がなくても、死ぬまでごはんだけは間違いなく食べられるという安心感は何物にも代えがたいのではないでしょうか。

 

 1カ月のギャラ・給料が5000円と考えると、わびしくみじめになるけど、今月も10キロのお米がいただけると考えると、なんだか豊かな気持ちになってくる。

 ましてやそれが永遠に続くとなると、穏やかな晴天が心の中に広がってくる。

 

 うんこれなら悪くないぞ、永遠の現物支給。

 農家さんとか、お米屋さんとか、JAさんとかの仕事なら、そんな契約を結んでもOKかも。

 会計士さんは嫌だというけど、あなたならどうですか?

 


0 コメント

秋田からきりたんぽ鍋セット到着

 

 今日は何の予告もなく、クール宅急便で「きりたんぽ鍋セット」が送られてきてびっくり。

 仕事をいただいている秋田の方からサプライズの贈り物です。

 これまでメールでしかやりとりしていなかったんだけど、そういえばこの間、住所を聞かれたので、紙にした資料を送ってくるのかなと思ってたら・・・どうもごちそうさまです。

 

 ちょうど今夜は家族が揃っていたので、早速いただきました。

 肉も野菜も一式入っていて比内地鶏のスープ付き。あったまりました。

 

 秋田県は、かなり昔に大潟村(かつての大干拓地・八郎潟にある村)の干拓資料館の仕事をやりましたが、それ以来の仕事。

 来週は名古屋コーチンの取材で名古屋に行きますが、いずれ比内地鶏も取材したいです。

 


0 コメント

五つ星お米マイスター・小池理雄のおいしいお米講座:絶品ごはんの食べくらべ

 

 10日(土)・11日(日)の二日間、渋谷のNHKの敷地で「にっぽんの食・ふるさとの食」のイベント開催。JA全中ブースで「五つ星お米マイスター・小池理雄のおいしいお米講座:絶品ごはんの食べくらべ」をやり、台本と演出を担当しました。

 

 原宿の米屋・小池さんの作った「お米の通知表」を参考に、岩手・宮城・福島・福岡、各地産の4種類のブランド米を食べ比べ、その品種を当てる、クイズ形式のワークショップです。

 

 五つ星お米マイスターとしてメディアから引っ張りだこ、講師としても大活躍の小池さんですが、この二日間の受講生(1ステージにつき35人ほど)は、ぜひ「参加したくて来ているというよりも、ここに一休みに来たり、冷やかしに来たり、ただ単にごはんが食べられるからという理由で入ってきたた一般大衆。ぶっちゃけ、まじめにお米のことが知りたいと思っている人は1割、2割しかいません。講師にとっては最も手ごわい相手です。

 

 二日間で4ステージにありましたが、1日目の参加者の反応を見て、その夜、台本を書き直し、2日目は大きく違う構成でやってみました。

 

 ちなみに30分の台本のセリフ部分はほとんどMC(司会)用で、それに応じながら小池さんが自由にトークを展開していくというつくりです。

 

 イベントはまさしく生ものなので、その時の参加者の発するSomethingによって1回目も2回目も3回目も4回目も、まったく違ったステージになります。

 これが正解、これが完成という形はなく、きっちりできたのに反響が薄い場合もあれば、グダグダになっても大ウケという場合もあります。

 もちろんグダグダでいいというわけにはいきませんが、面白いものです。

 

 それにしても、その場に応じて自由自在にセリフを変えられる小池さんのお米ボキャブラリー宇宙は素晴らしい。

 ますますこなれて星雲のように年々膨らんでいます。

 


0 コメント

のりしろ時間

 

 元来、コアラとかナマケモノ体質で、自分のペースで動けないと調子悪くなっちゃうので、効率悪いことこの上なし。

 ヘタにビジネス書など読んで勉強して、時間を有効活用しようなんて意識すると、なんだかイライラしてきて、自分が今何をやっているんだか分からなくなってきます。

 

 とは言え、仕事をする以上、そんなこともいっていられない。

 相手のペースに合わせなきゃいけない場合もある。

 そんな時、最近、心がけているのが「時間ののりしろ」を作ることです。

 

 自分のペースでOKの時間帯と、相手に合わせる必要のある時間帯。

 この2種類のカテゴリーの時間帯が、ポンとカットで繋がると脳の切り替えがうまくできない場合があり、気持ちの負担も大きいので疲れます。

 やっぱリカットつなぎでなく、オーバーラップさせたほうがショックが和らげられる。

 

 なので、相手に合わせる時間帯に入るときは脳が自然に準備できるよう、「のりしろ時間」を作るようにしています。

 

 具体的に言うと、打ち合わせ、取材などの時は約束の時間より30分早く行って、その現場周辺の空気を吸っておくようにするのです。

 そうするとリラックスして、少しはその環境に入り込みやすくなります。

 つまり100%アウェイの空気でなく、10~20%くらいはホームの空気をまぜるようにする。

 するとある程度リラックスして、よりよいパフォーマンスが期待できます。

 

 昨日は思いのほか早く着いたので、待ち時間に近所の神社で、ぼやーっと木などを眺めて、ああ鳥の巣がある、何の鳥だろう。まだ作っている最中かなぁ・・・と思ったり、ネコの家族が来て日向で遊び出したりするのを見ていました。

 

 仕事の役に立つだけじゃなく、ちょっとおまけみたいなものを拾ってトクした気分になります。 もしかしたらそんなどうでもいいことが、あなたの人生を救ったりするかもしれません。

 スケジュールぱんぱんにして毎日アクセクしちゃうと、ほんと疲れますから。

 


0 コメント

児童館でおチビらがビッグな牛さんの乳しぼりに初挑戦

 

 八王子市の児童館で、子供たちが乳しぼり体験。

 マイナビ農業の取材で、八王子界隈の酪農家の仲間たちがボランティアで提供しているイベントを見学してきました。

 

 でっかい開閉式トラックに牛を乗せて、そこに上って子供たちが搾乳するというやり方。総勢5人の酪農家さんたちがお世話をします。

 まったくこういうシステムを想像していなかったのでびっくりしました。

 このお乳パンパンの牛さんはマーガレットちゃん7歳。

 

 マーガレットちゃんの乳しぼりに挑戦するのは、幼稚園前の幼児クラス(+そのきょうだい)なので2歳児中心。たぶんその子たちの目から見たら、牛さんはゾウさん、いやもしかしたら怪獣並みの大きさだ。

 そりゃこわいに決まってる。

 

 勇気を出してぎゅっとつかめればいいのだけど、おそるおそるおっぱいに触るので、「なにやってんのよ、モ~」って、穏健温和なマーガレットちゃんもバフォンと荒っぽく鼻息をして体を揺する。

 すると、もうだめです。大半の子がこわがって泣き出す始末です。

 

 お父さん・お母さん、「うちの子は情けない」なんて言わないで。

 だいじょうぶ。 一度は失敗・撤退したほうがいい。

 また大きくなった時、トライしたら今度はできるから。

 

 最初からすんなりうまくできちゃうより、やったぜ感、リベンジできた感があって、自分は成長しているんだと実感できる。

 そのほうが却って自信になるんです。

 

 子供時代はまだ長い。

 人生はもっとずーっと長い。

 幼稚園・保育園で、小学校で、またトライして、こんどはマーガレットちゃんのおっぱい、いっぱい搾ってね~。


0 コメント

ラストドライブ日本版 出発

 

 わたしを思い出の場所に連れてって――

 そんな末期患者の願いをかなえるのが「ラストドライブ」。

 この数年、ヨーロッパで静かに広がってきた、いわゆる終活支援です。

 

 昨年夏、ドイツでの事例を取材したドキュメンタリー番組がNHK-BSで放送されました。たまたまそれを見て感想をブログに書いたら、その時だけアクセス数が5倍くらいに跳ね上がってびっくりしました。けっこう関心の高い人が多いようです。

 

 じつは今年から日本でもこれと同様の終活支援サービスが始まりつつあります。

 さいたま市の「タウ」という会社がCSR(社会貢献事業)として始めた「願いの車」がそれ。余命少なく、一人では外出困難な患者を希望の場所に無料送迎するというものです。

 

 タウは事故車の買い取り・販売を手掛ける会社で、社長がかの番組に心を揺すられ、「自分たちも車を扱う仕事をしているので」と、立ち上げました。

 当面は近隣の病院やホスピスに声をかけて説明し、希望者を募るというやり方で進めていくそうです。

 

  あらかじめ民間救急会社と提携しており、車両は酸素ボンベ、吸引機、自動体外式

 除細動機(AED)などを装備した民間救急車を使用。外出には看護師やボランティ

アが同行。ただし外出は日帰りのみ。

 主治医の了承と、家族の同意を得た上で送迎です。

 

 

 僕は「月刊仏事」の記事を書くために電話で広報の方と話したのですが、この事業に誇りを持ち、かといって気負うこともなく、たいへん美しい応対だったことにも心惹かれました。

 

 今後、提携先を県内の病院などに広げ、将来的には、活動に理解を示す企業からの

協賛も。2019年には公益社団法人にして全国的活動を目指すそうです。

 

 これも高齢化社会・多死化社会における一つの文化になり得るでしょう。

 これからの展開が楽しみです。

 


ライターの仕事の半分以上は取材です

 

 若い人で勘違いしている人が多いみたいだけど、ライターの仕事で文章を書くことは仕事の半分程度です。

 あとの半分は何かというと取材です。

 

 媒体の求めるものに合わせて企画を考え、調査し、取材先を決めて取材する。

 たまにネットリサーチだけであちこちの記事を複合して作ったり、電話取材で済ませたり、もありますが、基本的には現地へ行って取材対象本人と会ってインタビューする。必要なら写真も撮る。

 

 逆に言うと、このプロセスがちゃんとできないと(こうした経験がないと)、ネットリサーチだけ、電話取材だけでOKという仕事もまともにできません。

 

 いくら美しい文章が書けても、面白いブログが書けても、一発・二発ならともかく、継続することは難しいと思います。

 

 で、この取材に至るプロセスが結構めんどくさくて時間がかかる。

 相手も忙しかったりして、なかなか返事が来ないとイライラするし、締め切りまで日にちがないと焦る。

 でもあまり催促して相手の気分を害するのもまずいので、ぎりぎりまで我慢する。

 

 また、原稿を作った後も編集のチェック、取材先のチェックがあって、なかなか返事が返ってこなかったりする。

 

 書き直しを求められたら納得いかなくても、基本的にはやらなきゃいけない。

 媒体によりますが、自分の意見を主張してもいいけど、よほどのことがなければ、そのままOKということにはなりません。

 

 幸いにも最近は大ドンデン返しみたいなことがなく、大した書き直しはせずに済んでいます。

 しかし、じつはそうならないように取材交渉の段階で、依頼書をちゃんと作るとか、事前質問などを作って送っておくとか、いろいろインサイドワークをしておくのです。

 

 料理もいかに優れた調理技術を持っていても、材料が悪いとおいしい料理にはならない。

 取材は「材料を取る」だから、味を損ねないよう、おいしく取る工夫が必要になってきます。

 

 取材するライターは自分の特質を活かして――たとえば若い人がおっさん・おばさんを取材する際は

 「こいつ可愛いやっちゃな。よし、いろいろ教えたろか」と思わせるよう工夫してみるといいでしょう。

 

 こう考えると、いわゆる「もの書き」とはまったく離れたところでエネルギーを使っているなぁと思います。

 ま、自分の創作やブログ以外は、世のため人のために書いているので。

 


0 コメント

哲学するネコと瞑想書き

 

   ちょっと春めいた日差しがやってきたので、中野の哲学堂公園までサイクリング。

 そこで哲学するネコと出会う。

 ベンチの背もたれにちょこんと乗っかって、ウトウト居眠りしているのかと思ったら、目は細めているものの、ちゃんと起きている。 

 

 こういうフリーのネコと出会うと、僕はいつも果敢に対話を試みるのだが、ニャーとかミャーとか語り掛けても、まったくリアクションしてくれない。

 

 けれども拒否されたわけではない。

 20㎝くらいのところまで近づいて写真を撮っても、背中を撫でても、逃げ出すどころか微動だにしない。

 その背もたれの上にさりげなく、かつ堂々と“存在”しているのだ。

 まるで瞑想中の老師のようだ。さすが哲学堂。こんな大したネコがいるなんて。

 

 僕も何度かトライしたことがあるが、瞑想というのはうまくできない。

 部屋を暗くし、ヒーリング系の音楽を流し、お香などを炊いてみても、その行為に集中できない。

 なんだかこんなことをやっている自分は、自分じゃなく思えてきてしまうのだ。

 

 そこで見つけたのが「瞑想書き」。

 なるべく考えようとせず、頭に思い浮かぶ言葉・イメージを手書きでノートに書き留める。ただそれだけ。

 

 ちゃんとした文章になってなくていい。単語の羅列でも構わない。

 愚痴や泣き言や頭にきたことを書き散らしてもいい。

 「おまえバカじゃないの」とか「あなた賢いわ」とか、自分を分裂させてAとBの会話にしてもいい。

 

 ただひたすら意識の流れを「見える化」する。

 紙とペン(鉛筆)を見ていればいいので、集中力も保てる。

 瞑想効果があるので、瞑想書き。

 

 最初はうまくできないかも知れないけど、続けてやっていると、そのうち自然にスラスラ言葉が出てくるようになってきて、これがけっこう面白い。

 手を動かすことによって脳が開き、意識の奥から情報が湧き上がる。

 心の声を聴くような感覚をつかめるのだ。

 

 自分のものにできてきたなと思ったら、テーマや目的に沿って、仕事のアイディア出しの下書きに使ったり、ブログやSNSのメッセージの下書きに利用してもいい。

 もちろん、創作活動のウォーミングアップとしてもOK。

 

 たまにやるのではなく、できれば毎日やる。

 朝起きたばかりの、脳も空気もきれいな時間帯、あるいは夜眠る前の、おしりに何もやることが残っていない時間帯がベストです。

 興味があったら試してみてください。

 ネコの手は借りられないので、自分の手で書いてニャ。

 


自伝を書いて脚色する

 

 

 文章を書くことに興味があって、自己表現でも、ビジネスに生かせるものでもいいから腰を入れてやりたい。

 もしあなたがそう考える人なら、まず自伝を書いてみるといいでしょう。

 

 最近は終活ばやりで、エンディングを意識した人が大勢、自伝に挑戦していますが、ここでいう自伝の執筆は、自分だけの言葉・文体・文章を養うためのものです。

 

 だからむしろ若い人にやってほしいと思っています。

 

 なぜかと言うと、これから先、「要点をうまくまとめた文章」「美しく整った文章」など、企業や役所などの仕事で求められる「正解」の文章は、AI・ロボットに委ねられるからです。

 

 自社・自分の組織に関するデータ、こんな目的で作う、こんな感じ(パターン)の文章、みたいな条件を入れてAI・ロボットに頼めば、オートマティックにお望みのものが出来上がってくる――そういう世界になっていくと思います。

 

 だから文章を書きたい、表現したいという若い人は、「おれの文」「わたしの文」を出来るだけ早くから磨いて使えるようになったほうがいいと思うのです。

 

 そのために有効なのが自伝の執筆です。

 自分のことならネタに困らないので、トレーニングには最適です。

 

 僕・わたしの短い人生なんて書いたって面白くないよという人、ほんとうにそうでしょうか?

 自分のことも面白く書けないのなら、人に読ませて少しでも心を動かす文章――そういした価値ある文章なんて書けるはずがありません。

 

 だから一度や二度はトライしてみましょう。

 目を凝らして自分の中を見つめれば、きっと面白い要素が見つかります。

 

 一口に自伝と言っても、ただ履歴書みたいなもの、「〇〇へ行って〇〇を食べた」みたいな単なる記録みたいなことを書いていてはダメです。

 

 あくまで人に見せることを意識して、面白く、わかりやすく読めるように書く。

 (ただし、書いても実際に人に見せる必要はありません)

 

 そして事実をそのまま書くのではなく、ポイントになる部分だけでもいいから脚色する。

 ドラマチックにしてもいいし、コミカルにしてもいいし、詩的にしてもいい。

 記憶の中の事実に、自分なりの構成・アレンジを入れてが面白いと思う脚色をする。

 自己満足でいいのです。

 

 さらにできれば、フィクションがまじってもいいので、その自伝を小説にしたり、エッセイにしたり、舞台の戯曲、映画の脚本にしてみる。

 そうすると自分の文章の世界が広がります。

 

 そのままの自分を書くのは恥ずかしいと言うのなら、自分とは別人の、架空の人物に置き換えてもいい。

 そうすると周囲の人たちのキャラクターも変わってきて、より生き生きと動き出します。

 

 過去のエピソードなんて面白くない。将来おれは宇宙へ行くから、その時の話を想像して書いてみようと思う。

 そんなアイデアが出てきたら、しめたもの。

 

 要は自分をネタにして、書く楽しさを体感してほしいのです。

 自分の脳を掘り返す楽しさ、記憶を引っ張り出し、自由に使う楽しさを。

 

 本当に自分の人生はつまらなさ過ぎて書くことない。

 トライしてみてあなたがそう絶望したら、文章を書くのには向いてないので、さっさとやめて、別のことに時間とエネルギーを使って人生を楽しみましょう。

 

 それでも何らかの事情で、どうしても何か書かなきゃいけないんだ、という人は、僕が代筆して差し上げますので、お便りください。

 


0 コメント

世界を開くためのリライト

「Writing is Rewriting」と言ったのは、ブロードウェイの劇作家ニール・サイモンであり、ハリウッド映画のシナリオ教本を書いたシド・フィールド。

 最近になってやっとこの言葉が実感できるようになった。

 

 今日は「いたち」のリライトが進んだ。

 朝、「いけそうだ」と予感したので没頭すると、面白いようにスラスラ進んだ。

 途中、他の仕事の修正作業やメール対応を挟んだが、夕方までに5ページ分(約6000字)行けた。

 

 冒頭部分が物語のトーンを決める。

 自分自身の、作品に対するコミュニケ―ションのしかたも決める。

 

 「人間と動物の心の交流」といったフレーズから容易に連想される甘いトーンを崩したいとずっとグズっていたのだが、今日はみごとにブレイクスルー。

 もともとのプロットに沿って書き始めたが、思ってもみなかったシーンとなり、登場人物のキャラも鮮明になり、キレよく展開して上々だった。

 自分のコアにアクセスできているという感触が残った。

 

 原型を崩せば崩すほど面白くなる。それがリライトの醍醐味であり、その醍醐味が書き続けるエネルギーになる。

 今までのプロットで残す部分は一応決めてあるが、それもこのまま進んでいくとどうなるか分からない。

 

 既存の不十分な部分を補って完璧にするためのリライトではなく、まったく新しい物語を作り直し、その世界を開いていくためのリライト。

 

 創作は普段のライターの仕事とは別もので、成果(金銭的報酬・社会的評価・仕事の引き合いなど)が得られるのかどうかは、まったく未知数。

 でもその分、結果オンリーだけでなく、プロセスを楽しめる。

 書くことは、日常と非日常の双方に足を突っ込みながら生きることだ。

 


0 コメント

自分をリライトする

今までやってきたことを書き直す。

 リライトは今後の自分のテーマである。

 

 と思って、久しぶりにアジアンカンフージェネレーションの「リライト」を聴いた。

 とんでもない重量感と疾走感。

 こんなカッコいいロックに出会ったのはどんだけぶりだ~と、ぶっとんだのが、はや15年ほど前。

 

 アニメ「鋼の錬金術師」のラストクールのオープニング曲だったので、ハガレンのクオリティが10倍UPした。

 

 いま聴いてもレジェンドでなく、なつメロでもなく、現在進行形のリアル感満点で、ザラザラの音の塊がより深く胸をえぐってくる。

 

 リライトは形を成した文脈をもう一度掘り進めて、新しい価値と意味を見つけ出す作業。書いて休んで書いて休んで、また書き直す。

 

 個人的なことだけど、今の時代はみんな同じようなことをして、自分の生きてきた中から何かを掘り出そうとしているのではないだろうか。

 

 あなたは何回自分を書き直しますか?

 


0 コメント

白滝さんと校庭芝生の本

 

 8年前の今頃、息子が通っていた小学校の校長室に毎週土曜日、10人以上のメンバーが集まり、原稿を手にえんえん編集会議をやっていた。

 校庭の芝生の本を出版するためだ。

 僕はライターの一人だったので、当然、毎回出席。

 一行一行、ああでもない、こうでもないと、時に大激論になる。

 

 基本的に午前中から昼過ぎまで3時間くらいが定時だが、ランチが運び込まれ、日が暮れる時間まで「残業」したこともしばしば。

 いつも芝生の面倒を見ていた、そのメンバーらの本への思い入れはハンパない。

 取りまとめ役の若き編集者Mくんは、おっさん・おばさんたちの執念にヒーコラ音を上げていた。

 

 3月になって本は無事完成し「悠雲舎」という小さな出版社から出版。

 わずかながら書店にも並んだ。

 その悠雲舎の社長が白滝一紀さんだった。

 白滝さんはもともと銀行マンだったが教育方面にも熱心で、出版社も経営し、学校支援本部の本部長も引き受け、当時の校長も頼りにしていた。

 この本の企画にも無償で、全面的に協力してくれた。(発行人は白滝さんの名前がクレジットされている)

 

 その白滝さんが5日前の2月13日、82歳で亡くなったのを聞き、今日はご葬儀に出席した。

 

 永福町駅近辺を歩いている姿が目に浮かぶ。

 ちょっとガニ股の、特徴的な歩き方は遠目でもすぐにわかる。

 僕と会うと、いつも「ヨッ!」と手を挙げて笑って話しかけてきた。

 

 「気のいい近所のおっちゃん」を絵に描いたような人だったが、秋田から上京し、早稲田を出て、有名銀行・有名保険会社の要職を次々と務めた、そうそうたる履歴の持ち主である。

 

 葬儀は神式で行われ(神式に出席するのは確か2回目。焼香でなく、玉串を祭壇に供える)、宮司が祝詞でその履歴を唱えるのだが、あの独特の雅やかな節回しにかの大学・銀行・企業の名前が乗っかると、白滝さんのキャラと相まって、面白かわいく感じ、不謹慎ながら、つい下を向いて笑ってしまった。

 

 校庭芝生の小学校はその後、隣の中学、他の小学校と統合され、杉並和泉学園に。そこでも白滝さんは引き続き、最期まで学校支援本部長を務められた。

 

 当時、音を上げていたM君=エディター三坂氏は、今、僕の仕事のパートナーになっている。

 彼も語るように、あれは本当に貴重な経験だった。

 そして何より、とびきり楽しい思い出――まさか子供の学校であんなことが起こるなんて思ってもみなかった。

 

 いろいろなご縁を作ってくれた白滝さんに感謝。

 どうぞゆっくりお休みください。

 


0 コメント

中高年はめざせ!中川屋嘉兵衛

 

 「還暦から勝負です」と宣言した人がいるが、先パイ、その通りです。

 あなたも老後の心配で、使わないカネを貯め込んでいる場合じゃありません。

 「人生50年」と言われた時代でも、50歳から大活躍した人がいます。

 

 マイナビ農業の仕事で、日本における肉食の歴史を調べていると、幕末から明治にかけて活躍した「中川屋嘉兵衛(中川嘉兵衛)」という名に出会いました。

 この人は慶応3(1867)年、荏原郡白金村に東京初の屠畜場を開いた人です。

 

 三河(現在の愛知県岡崎市)出身で、京都で漢学を修めた後、江戸に出てきてイギリス公使の料理人見習いをしながら英語を勉強し、欧米人相手のビジネスを画策。

 

 そして慶応元(1865)年、開港間もない横浜に出て、アメリカ人医師のもとで牛乳販売業を、イギリス軍の食料用達商人としてパンやビスケットの製造販売、さらに牛肉の販売を手掛けるようになりました。

 

 しかし車も冷蔵庫もまだない時代。横浜から江戸まで肉を運ぶのは至難の業ということで、都内に屠畜場を作り、芝高輪の英国大使館に納品したのです。 

 

 それとほとんど並行する形で、肉を鮮度がいいまま保存管理するには氷が必要となって製氷業を、ついでにアイスクリーム屋も開業。お肉の方では牛鍋屋も開店。

 次から次へといろんな事業をやって、人からは「節操ない男」と映ったかもしれませんが、彼の中では「洋食事業」ということでつながっており、それぞれ牛乳部門、パン部門、肉部門、製氷部門・・・といったように部門別に分かれていたにすぎないのかもしれません。

 いわば日本における「洋食文化の父」と呼べる人でしょう。

 

 僕は最初、資料を読んでいて、彼のことを勝手に岩崎弥太郎みたいな青年実業家だと思っていたのですが、江戸に出てきたのは40歳、横浜に出た時はすでに50歳!

 

 これは江戸時代の社会常識で考えれば、人生晩年近く。

 すでにご隠居さんとなってもおかしくない齢でしょう。

 

 そこから欧米人に仕えて取り入って、車も鉄道も、電話もインターネットもない環境でこれだけの事業を成し遂げ、80歳まで仕事をやりぬいたというのだから、中川屋嘉兵衛あっぱれ。

 

 「もうトシですからムリですぅ~」とか、

 「もう今からでは遅すぎますぅ~」とか言ってる場合じゃないですよね。

 何かやってもやらなくても同じように齢は取る。

 何歳だって“今”より早いスタートはないわけですから。

 


0 コメント

北千住の葬儀相談サロンと帰りそびれたウルトラマン

 

 近年は「葬儀相談所」とか「終活相談所」が増えています。

 本日オープンの「葬儀相談サロン ティア北千住」もその一つ。

 ティアというのは名古屋発祥の葬儀社(本社はうちの実家のすぐ近く)で、昔ながらの葬儀屋とは一線を画す、イマ風の垢ぬけた葬儀屋さんです。

 

 オープン記念でこの3連休、一般向け見学会を実施――というので覗いてみると、まだ午前中にも関わらず、結構お年寄りが遊びに来ている。

 中は小ぶりのカフェくらいの広さで、確かに相談サロンとしては狭すぎず、広すぎず、ちょうどいいスペース感。仏壇だの線香だの、いろいろ物販もやっています。

 

 ひと昔前は「縁起が悪い」と敬遠されたこうした葬儀関連の施設も、高齢化社会が進むにつれて抵抗がなくなり、街にもなじんできた感じがします。

 

 そんな感想を抱きつつ、取材を終えた帰り道で会ったのは、オヤジ化したウルトラマン。首から金モールをかけて、昼間っからそば屋でビールを飲んでいます。

 

 もうヒーローとして戦えなくなって、現役を引退して久しいけれど、過去の栄光が忘れられなくて、飲んだくれているうちに光の国に帰りそびれてしまったという感じ。なんだかこれからティアへ自分の葬式の相談にでも行きそうな風情です。

 

 でも、この帰りそびれたオヤジウルトラマンも不思議とこの街になじんでいるのです。

 めっちゃ久しぶりに来たけど、北千住、なかなか味わい深い、探検し甲斐がある街ではないかと思いました。

 


アグリパークのブルーベリージャム

 

 葛飾区産のブルーベリー100%ジャム。

 新宿南口にあるJA東京アグリパークで取材。

 今日は東京産農産物のイベントをやっていて、その中でて目にとまったのでスタッフの方に聞いてみると、葛飾にあるJA東京スマイルと、都立農産高校のコラボ商品だとか。中身も美味しそうだし、ラベルも可愛い。

 

 お値段はちょっとお高め(660円)なのだが、おじさんなので、高校生の女の子が一生懸命作っているところを想像すると、つい応援したくなって買ってしまった。

 もしかしたら男の子かも知れないけど、まぁ、それでもいいや。

 

 ここは甲州街道沿いにあって、毎日1000人の人が覗いていくそうです。

 毎週、いろんなイベントをやっていて、楽しくポップに農業をアピール。

 新鮮な野菜も売ってます。

  新宿で時間があったらブラっと寄ってみてください。

 


メモ帳活用ライティング

 僕のデスクトップに並ぶアイコンで最も多いのはメモ帳です。

 パソコンのメモ帳を使うと、楽しく、ラクに文章が書けるからです。

 

 仕事術というほどのものではないけど、2~3年くらい前から原稿を書くときにパソコンに入っている「メモ帳」を多用するようになりました。

 なんら特別な機能がない、ただ字を書くだけの、おそらくパソコンの中でも最もシンプルなアプリです。

 

 以前はワードやエクセル、あるいはパワポなどに直接入力していたのですが、毎日いろいろ書いているうちに、いったんメモ帳に書いたものをワードなどにコピペするのが習慣になりました。

 この原稿もそうで、メモ帳に書いたのをブログとFBにコピペしています。

 いわば下書きして清書するというパターンですね。

 ただし、(特に仕事の場合は)ワード原稿にしてからもあちこち書き直したりするのですが。

 

 なんでこんな書き方をするようになったかというと、資料にある文章をコピペして、それをあちこち加工するからです。

 ネット上の資料だと、ワードなどにコピーしてしまうと、文字の大きさやフォントなどもそのままになってしまう。

 実際にそれを使うにしても使わないにしても面倒くさいことになります。

 メモ帳ならみんな同じ文字になるので便利だし、加工もしやすい。

 

 そしてゼロから文章を起こす場合も、メモ帳のほうが断然書きやすい。

 ワードにしても、ブログやFBにしても、直にその画面に向かうと、脳が緊張するのか、思ったことがうまく文章化できない。

 

 ところがメモ帳なら自然にスルスルっと出てくる。

 余計な力が抜けるというか、書くときに気持ちの余裕ができるというか、文章もぱっとひらめきやすいし、遊べてしまう。

 

 わざわざ原稿を2段階に分けるなんて効率悪いのかも知れないけど、ホンチャンの用紙(ワードやブログ)にコピペするときに文章を整えることもできます。

 その時にうまく書けていなかったところが、「こうすればいいのか」と、ぱっと気が付いたりもします。

 メモ帳の時はいったい何を言いたいのか、ぐちゃぐちゃな文章でも、このステップを経ると、不思議にしっかりまとまることはしょっちゅうです。

 

 なぜかは分からないけど、メモ帳を味方につけるとなんだか快適な気分で書けるのです。

 

 「よい文章を書かなくては」と気合を入れると、よくフンづまり状態になってしまう人は、一度、この「字を書く以外機能なし」のメモ帳を活用してみてください。

 脳がリラックスして力を発揮できるかも。

 


聞きかじり原宿むかし話:リーゼント床屋伝説

 

 昨日のことになってしまったが、3月のイベントの件で“原宿のお米屋さん”小池さんとの打ち合わせがあって原宿まで行きました。

 天気が良かったのでチャリンコで。

 

 小池精米店はいわゆる裏原宿――江戸時代、水車小屋もある田園地帯だった隠田商店街にあります。

 この辺りには隠田地域会館というのがあって、原宿にチャリで来るときは、いつもそこの駐輪場(サイカパークになっていて誰でも利用できる)に停めるのですが、この地域会館がなんと、D昨年末で閉鎖になっていた!

 

 地域の人たちが出入りするのを結構見ていたので、ちょっと寂しい気がしましたが、さすがにこの建物、筑何十年かわからないけど、老朽化が激しくて限界気味。やむを得ず建て直すことにしたようです。

 

 築何十年わからないけど、たぶん小池さんと同年代くらい。

 彼の少年時代は原宿カルチャーの絶頂期で、ホコ天で竹の子族が踊っていた時代とシンクロしていますが、台風の目の下にいると暴風雨に巻き込まれないのと同様、原宿に住む彼らはそうしたカルチャーやファッションにほとんど影響受けることなく、フツーの子供をしていたそうで。

 

 ホコ天も竹の子もツッパリも、ワンス・アポン・ア・タイムになってしまったけど、流行らない床屋さんはいっちょオヤジ相手にリーゼント専門店になってみてはどうだろうか。

 

 キャロルカットとか、永ちゃんレジェンドヘア、やりますとかね。

 さらにカッコいい無精ひげなんかも調整して、チョイ悪おやじ御用達になれば商売繁盛。

 

 オヤジも大人ぶって老朽化していないで、バリバリにキメてまた原宿を闊歩すれば、元気になって病気なんかもふっとばせるぜ。

 


食べ物を作る仕事をしている人の話は一聴・一読に値する。

 

マイナビ農業で取材した「東京しゃも」の記事がUPされたので、先日、浅野養鶏場の浅野さんに報告したら丁寧なメールの返信が返ってきました。

 

 「自分のする話は難しいといつも言われるが、見事にまとめてくれました」と喜んでいただいたので、こちらも嬉しくまりました。

 

 開発技術者や、江戸時代からしゃも料理を扱ってきた人形町の名店とともに東京しゃも開発プロジェクトに携わったエピソードはめっぽう面白い。

 しかし、それ以上に、戦後の混乱期・食糧難の時代から身を起こして養鶏業を半世紀以上にわたって営んできた浅野さんの、食べ物に関する信念・哲学が魅力的なのです。

 

 また、昨日はある料理人の書いた本を読んで、けっこう心に染み入るものがありました。

 料理の話というよりも、自分の半生記みたいになっているエッセイで、さらっと口ごたえがいい割に、何というか、隠し味が効いていて面白いし、深味があるのです。

 料理の味やお店のコンセプト・ムードと、その人の人間性かどうかなんて関係ないように思えるけど、じつは深いところでつながっているんだろうなと思いました。

 

 総じて一流の料理人・生産者は、自分ならではの哲学を持っていると思います。

 哲学という言い方が難しければ、「生きる」ことについて感じること・考えることを何らかの形で表現を試みる――とでもいえばいいでしょうか。

 

 それが生産物・料理・お店全体の在り方に反映される。

 優れた技術に、その人ならではの魂が宿ることによって、人の心を打つ「食」が生まれます。

 

 浅野さんの「食べ物を扱うのは神聖な仕事なんだ」という言葉が耳に残ります。

 機械的に、早く、安く、美味しく、安全な食べ物がたくさん出回るようになった世の中だからこそ、時々はそうした生産者や料理人や作る人たちの人間性だとか、哲学だとかに目を向けて行こうと思います。

 


0 コメント

新潟のビジネスホテルで魚沼コシヒカリを食べて幸福について考える

 

 土日の新潟遠征で泊ったのは、駅から歩いて5分の、新潟なのに「京浜ホテル」という、どこにでもあるようなフツーのビジネスホテルでした。

 フツーと言っても、21世紀型のモダンなフツーではなく、建設された昭和の後半には、新潟へきてバリバリ働くビジネスマンが明日への英気を養う、最新の「東京に負けないくらいナウい」ホテルだったのかもね~といった匂いが漂う、本当によくある、シングルベッド、ユニットバス、テレビ付きのホテル。

 

 のはずだったのですが、日曜日の朝食でその印象がガラッと変わりました。

 

 う、うまい!

 魚沼産コシヒカリの和朝食だ。

 

 炊き立てではないが、降り積もった雪のよう白くピカピカ光っている。

 久しぶりに「銀シャリ」という言葉を思い出しました。

 

 生卵をかけて一杯、納豆かけて一杯、あちこちおかずと一緒に一杯。

 まだいけそうだったけど、これから仕事があるのにあまり腹いっぱいになってはいかんぞ、と抑えました。

 

 恐るべし、魚沼コシヒカリの魔力。

 

 すっかりご機嫌になって、食堂のおっちゃん・おばちゃん(たぶん夫婦だと思う)に、フロントのお兄さん・お姉さんに「おいしかった。ありがとう」と愛想を振りまいてしまいました。

 

 「ああ、そうだったのか」と、写真のポスターを見たのはその後。

 

 ごはんがおいしいとホテルの印象も変わります。

 何の変哲もない古ぼけたビジネスホテルが、新潟のオンリーワンホテルに見えてきた。

 

 当初の印象とのギャップ効果もあって、古ぼけ感も、おしゃレトロとまでは言わないけど、何やら味わい深く感じ、永く思い出に残るだろうなという気持ちになるのです。

 

 そこでハタと考えた。

 

 しかし、僕が普段から魚沼コシヒカリを食べなれている人間だったら、ここまでの強い印象を抱くだろうか。

 

 ヘン、魚沼コシヒカリなんて、わしゃ毎日くっとるでよう、別段、感動なんかせーへんがや。

 

 とクールに流し、おっちゃん・おばちゃんや、兄ちゃん・姉ちゃんに愛想を振りまくこともなかったでしょう。

 京浜ホテルが味わい深いホテルだと感じることもなく、永く思い出に残ることもなかったに違いない。

 

 そう考えると、人生と言うのはちょっとした条件の違い、ささいな感じ方の違いでまったく違ったものになってしまう。

 いつでも(俗にいう)美味いものを食っている人が幸福だとは限らない。

 もちろん、そうした人にとって、京浜ホテルに人生の醍醐味を感じるかどうかなんて、とんでもない低次元の問題で、はるかな高次元の幸福を追求しているのでしょうが。人類全体のとか、地球全体のとか、ね。

 

 いずれにしても、今や海外のセレブも認める最高級ジャパニーズライスブランド、魚沼コシヒカリは美味しかった。そして京浜ホテルとのギャップもよかった。

 

 どうもごちそうさま。

 


0 コメント

雪とアザレア:趣味の園芸フェア・イン新潟

 

 Eテレ「趣味の園芸」公開収録&トークイベントの仕事で新潟に行くんですよ、と書いたら、「寒いのに大変だね」との反響をいただきましたが、行ってみると体感温度としては東京とそう変わりない。

 寒波が来ているんだから、こんなもんだろ、という感じ。

 

 新潟と言うと、ついテレビのニュースで採り上げられるような豪雪地帯をイメージしちゃうけど、別に県全体が雪に埋まっているわけではない。

 当たり前の話、新潟県は細長くて海岸線は300キロくらいあるし、海側と山側ではかなり気候も変わります。

 仕事も現場は新潟市内で、今年に限らず例年、寒さはせいぜい東京の郊外(八王子あたり)と同じ程度ということです。

 

 番組のテーマは「アザレア」だったので、ステージは真冬でも華やかなアザレアでいっぱい。

 アザレアはもともと日本のツツジを江戸時代に来日したヨーロッパ人が持ち帰って、鉢花用のハイカラな花に改良したものを明治になって逆輸入。

 どういうわけか新潟がその一大生産地となり、花づくり職人らが冬でも楽しめる花に、これまた改良したのだとか。

 したがって現在、日本の花市場に流通しているアザレアは9割以上が新潟産なのだそうです。

 

 番組ナビゲーターの三上真史くんとナレーター(公開収録では全体MC)の笠原留美さんがともに新潟県人ということもあって、お客さんも満杯で大喜びでした。

 

 この公開収録番組は2月25日(日)朝8:30から放送です。

 


0 コメント

米どころ・酒どころ・花どころ・雪どころの新潟へ

 

 この週末に新潟に行くことになりました。

 今年も「趣味の園芸フェア」(番組の公開収録+トークイベント)の仕事があり、その第一弾が真冬の新潟です。

 うわ~、また雪だ。

 

 新潟と言えば、もちろんコシヒカリ。そして日本酒(ほとんど飲まないので銘柄は知りませんが、やっぱお米がいいので美味しいのがいっぱいありそう)ですが、なんと花の出荷量もトップクラス。これは知りませんでした。

 

 特にアザレアとボケは市場の9割以上を新潟産が占めているそうで、品種改良もほとんど新潟で行われているとか。昭和初期以来の伝統農芸なのだそうです。

 今回の番組・トークもそのお話。

 

 ナビゲーターの園芸王子・三上真史君と、ナレーター(このフェアではMC)の笠原留美さんも新潟産だそうで。故郷に錦を飾るべく張り切っています。

 

 ちなみにこのチラシのデザインはAshデザインの岸部さん。

 さりげになんでもカッコよくデザインしてくれちゃいます。

 


0 コメント

マイナビ農業の「お肉」の記事が同サイトの人気上位に

 

 昨年11月に「マイナビ農業」に上げた東京食肉市場の記事が人気で、同サイト内のアクセスランキング第11位になっていると聞きました。

 上位10位はほとんど連載マンガなので、通常の記事としては第2位だそうで、たいへん光栄なことです。

 

 編集長からは「サブカル的な匂いに読者が反応したのかも」との分析コメントがあったのですが、サブカルって・・・そんなの意識したことないんだけどなぁ。

 

 読者の側に立って考えると、おそらく野菜や穀物などの植物系と違って、牛や豚など動物系は他のメディアであまり目にする機会がないし、半ば怖いもの見たさ、野次馬的な興味もあるのでしょう。

 

 「興味本位はよくない」みたいな言い方がされるけど、何事もまず興味を持ってもらわないと始まりません。

 

 僕らが毎日口にしているお肉――ハンバーグもハムもソーセージもです――が、どのようにしてできるのか、食べるのなら知っておいたほうがいい。

 

 という思いで、ごく普通にまじめに書いています。

 

 東京にいる人は品川に行くことがあれば、ぜひ一度、食肉市場の「お肉の情報館」に足を運んでみてください。1時間あれば十分に見られますよ。


原宿のお米屋さん

 

 マイナビ農業の記事UP。原宿にもちゃんとお米屋さんがある。その名は小池精米店。
 原宿・渋谷・青山・麻布界隈のちょっとおしゃれな飲食店でごはん料理を食べたら、そこはこちらで仕入れたお米を使っている可能性大です。
 日本全国、さらには海外の米農家が頼りにする店主の五つ星お米マイスターは、日本食文化、お米文化を普及させるために日夜、大活躍しています。


0 コメント

安崎暁さん感謝の会 取材

 

先週、日経新聞に建設機械メーカー、コマツの元社長・安崎暁さんが広告を出しました。

 がんに侵され、余命が短いことを医者に宣告されたとのと。

 延命治療はしないと決めて、それならと元気なうちにご縁のあった人たちにお会いしたいので、「感謝の会」を開くという内容。。

 企業のトップを極めた人の、まだあまり前例のない、ご本人主催のいわゆる「生前葬」です。

 

 というわけで「月刊仏事」も記事にしたいというので、今日は赤坂アークヒルズ「ANAインターコンチネンタルホテル」へ取材に。

 大宴会場に約700人のお客さんが訪れました。

 

 メジャーな新聞に広告を出したので(ご本人は広告はやりすぎだったかも・・・と後からおっしゃっていましたが)、このクラスの人になると社会的反響もすごく、ネット上で「カッコいい」とか「豪傑」とか言うこと言葉が行き交いました。

 それだけ終活に興味を持つ人が増えているということでしょうか。

 

 でもご本人はそんな気負った風情もなく、にこやかに宴を楽しまれていたようです。

 中締めで、東京最古の連による「阿波踊り」も登場(ご出身が徳島なので)。会場を巻き込んで大盛り上がり。

 でも途中、お囃子が「ふるさと」のメロディーラインに変わり、長老がソロで踊るシーンがあってちょっと泣けた。

 

 開会中は取材・インタビュー禁止だったので、終宴後、別の部屋で記者会見。

 

 最後に僕が「一個人に戻って何かやり残したことはありますか? この後、残された時間でやりたいことは?」と質問するとゴルフの話になり、「ホールインワンはヘタくそな人ができえるんです。僕は今までホールインワンを4回やった。5回目やったらホテルオークラのが大宴会場を貸し切ってぢパーティーをやる予定だったんだけど・・・・」と笑顔で語ってくれました。

 

 人の顔は本当に好きな事の話をするとき、何とも言えない輝きを放つ。

 幻になった5回目のホールインワンを胸に、充実した最後の日々を送っていただきたいと思います。


東京しゃもを狙ってタヌキとともに忍び込んだノラネコ御用

 なんだかトホホな顔のネコ。

 よく見るとニャンと鎖でつなかれております。

 

 今日はマイナビ農業取材で、あきる野市の「浅野養鶏場」へ。

 ここは超ブランド鶏「東京しゃも」の養鶏場。

 

 採卵用の鶏も含め、1万羽が飼われていますが、その鶏を狙って裏山からタヌキが出没すると言います。

 そして、このノラネコもタヌキとともに鶏を狙って侵入したのです。

 

 しかし主の浅野さんと愛犬・番犬のチェリーに見つかり、タヌキは山に逃げたが、ネコは逮捕。

 かわいそうだが、つながれてしまいました。

 

 浅野さんは鶏の声や表情を読み、パラグライダーで空も飛んでしまうという鳥(超)人で、大の動物好き。

 

 鶏に手を出さなければ解放して、可愛がってくれると思うのだけど、野性の本能を抑えられるのかニャー。

 


0 コメント

江戸東京野菜たっぷり取材

 

約2ヵ月ぶりに八王子へ出向。

「マイナビ農業の取材」で、江戸東京野菜を生産・広報している小城プロデュース・福島秀史さんのところへ。

2時間余りにわたってたっぷりお話を伺いました。

 

2020年・東京オリンピックに向けて、地場野菜である江戸東京野菜の存在がぐーんとクローズアップ。

 

実際にその野菜を生産しながら、広報・普及活動を手掛け、江戸東京野菜の情報・ストーリーを発信している同社の活動は注目に値します。

 

けれども、これはけっしてオリンピック景気的な一過性のブームに終わらせない、と熱く語る福島さん。

江戸・明治・大正・昭和と続いてきた時代の食のストーリーが、この伝統野菜には詰まっています。

 

今日はその一つ、「伝統大蔵ダイコン」のB級品(ちょっと傷物)を購入。

 

畑では、希少な品種「高倉ダイコン」も収穫シーズンを迎えています。

 

来月は、失われた日本の原風景の一つ、高倉ダイコンの干し風景を見られる食べつくしツアーにも参加・取材予定です。

 


勤労感謝の日は農業感謝の日に

 

●昭和の勤労感謝はシンプルだった

 

僕が子供の頃、勤労感謝の日とは、働いていない人が、働いている人に感謝する日でした。

「今でもおんなじでしょ?」という声が聞こえてきそうですが、ちょっとニュアンスが違っていて、もっと具体的にその時代のイメージを話すと、

 

働いていない人とは子供や家庭の主婦であり、働いている人とはお父さん。

 

さらにそのお父さんの中でもサラリーマンなどの営利追求型イメ―ジの人たちよりも、消防士とか救急隊員とかおまわりさんとか、社会全体のための奉仕型職業の人たちのほうが感謝の対象の番付で言うと一枚上。

 

さらにちょっと年輩の大工さんとか植木屋さんのような職人も一枚上でした。

 

歌手やら俳優やら芸人やら作家やらは「勤労者」のカテゴリーには入っていませんでした。

 

子供雑誌などには、子供たちが感謝の心を表すために街に出掛けて、おまわりさんや大工さんにちょっとしたプレゼントをしていました。

 

そして家に帰ると、そういえば(サラリーマンの)お父さんも一応勤労者だね、といったオマケ扱いで、特別にお酒を飲ませてもらうという、そんなシーンが描かれていました。

 

●現代の勤労の観念と定義

 

そうした牧歌的な、わかりやすい構図の世界は、今は昔。

 

現代では「家庭の主婦は、働いていない人」なんて言ったら、毎日ごはん作って、掃除して洗濯しているのは労働じゃないのか!」と怒鳴られそうです。

 

いや、家族のためにごはんを炊いて洗濯するのは労働じゃなくて愛情だ、と返すことは出来そうですが・・・。

 

ほとんど身体を動かさずに一日中パソコンやスマホをいじくっている人たちも「働いている人」とは認識されにくいでしょう。

 

金融業でお金を動かしている人たちも、ビジネスをしているとは言えるけど、勤労しているとはあんまり思われないでしょう。

 

歌手やら俳優やら芸人やらも「僕たちは皆さんを楽しませるために働いているんです」と言えば勤労者だし、子供だって、おとなを幸せにするために働いているとも言えるし、そういう理屈だとペットの犬猫だって、ただゴロゴロしているだけでもちゃんと人を癒すために働いている、とも言えます。

 

そう考えると、現代では「働いていない人が、働いている人に感謝する勤労感謝の日」というのは成り立たなくなりそうです。

 

そのうち、社会のためにあれこれ身体を動かして働いてくれるのはAIやロボットだから、1年に1度の勤労感謝の日は、人間がメカに感謝する日にしよう――となりそうです。

 

●行為そのものへの感謝?

 

いや、そうじゃない。

そもそも勤労感謝の日は、働いていない人が、働いている人に感謝する日ではない。「様々な労働・勤労という行為そのもの」に感謝する日なんだ、という意見もあるでしょう。

 

こうなると、では労働・勤労の定義とは何か? といった哲学的命題に関わり、ドツボにはまりそうですね。

 

●11月23日の歴史

 

実は、11月23日は、もともとは飛鳥時代からあったといわれる「新嘗祭(にいなめさい)」というお祭りの日でした。

 

新嘗祭とは、その年に収穫された新米や新酒を天地の神様に捧げ、天皇と国民が一体となって、天地自然の神々に感謝し、収穫を喜び合う国民的な祭典。

 

ところが1945年の敗戦後、GHQによる政策で、国家神道の色が強い新嘗祭を排除し、違う名前の祝日にする、ということで制定されたのが現在の勤労感謝の日でした。

 

なお、新嘗祭は、今でも大切な宮中行事のとして執り行われています。

 

●いっそ農業感謝祭に

 

最近、マイナビ農業の仕事をしているのに加えて、そんな歴史的経緯を知ると、勤労感謝の日は、やたら風呂敷を広げて「働く人に感謝しよう」というよりも、農産物、それを収穫する農業従事者の人たちに感謝する日と、限定したらどうでしょう。

 

僕たちの大切な食糧を作っているわけだからね。

食べ物に、地球環境に感謝する意味合いも含められる。

時代が変わり、ライフスタイルが変化しているのだから、祝日も変えていったらどうなのかな?

 

 


0 コメント

「ばんめしできたよ」ができたよ

 

 新しいラジオドラマ脚本「ばんめしできたよ」ができました。

 主役のヒロコちゃん、お疲れ様。最初は男だったけど、途中で性転換しました。

 おかげでちょっと色っぽい話も盛り込めた。

 予定よりずいぶん延びてしまったけど、出来てしまうと何だか寂しい。

 コンペに出したので、とりあえず結果待ちします。

 

 あらすじはこんな感じです。

 

 「あなたは人生最後の食事に何を食べますか?」

 ホスピス「虹の彼方」に入居した余命わずかの人たちに、若き女性天才料理人と中年紳士の給仕人はそう問いかける。

 

 食事は人生で最も大きな喜びの一つ。ここでは最期にその喜びを味わってもらうために「最後の晩餐」を用意する。

 料理人ヒロコが入居者からそれぞれの人生の物語を聞いてメニューを考え、最後にふさわしい料理を作るのだ。

 そして給仕人のモリヤは、その料理に仕上げのスパイスをかけて提供する。

 

 「ただ食うために生きてきた」

 今回、「虹の彼方」に入居してきたのはフジムラという末期がんの患者。

 真面目に会社勤めをして定年を迎えた孤独な彼は、恋も夢も家族を持つことも諦め、ただ働いて生き長らえてきたことを後悔している。

何も欲せず、人を傷つけないようにしてきたのに、どうしてこんな病気になったのかと取り乱す。

 そしてまた、自分は食べたい物など何もないと、メニュー作りに協力しようとしない。

 

 そんなフジムラに対し、ヒロコはホスピスへの思いや将来の展望など、自分自身をさらけ出して奮闘。

 彼の恋の記憶を引っ張り出し、実は彼も料理人になる夢を持っていたことを思い出させ、やっとメニューを作り上げる。

 

 その日。食卓に並んだヒロコ渾身の作品。

 しかしそこでフジムラは、これを最後の晩餐にしたくない、なぜならヒロコに恋してしまったからだと、胸の内を打ち明ける。

 モリヤは土壇場で生への執着を持ってしまった彼を諭し、何とか食事をさせようとする。

 

 そこでヒロコは気づく。以前から心の片隅に抱いていた疑念が解け、確信に変わり、彼女はモリヤと対峙する。

 そしてこのホスピスの成り立ち、最後の晩餐の奥にある秘密、それを取り仕切る給仕人モリヤが本当は何者なのかを問いただす。

 


秋晴れお米日和 駒場・原宿農業取材

 秋晴れの農作業日和。

 今日は先月、稲刈りを取材した筑波大附属駒場中学の脱穀作業の取材です。

 一昨日の雨のせいで一日延期で行われました。

 昔ながらの脱穀機で、生徒たちが干した稲を脱穀してお米にします。

 

 と、自分で取材したように書いていますが、実はまたもや腰痛に襲われ、急遽、編集者M氏に代理を頼みました。

 自分で行けなかったのは残念無念。

 

 それから先日は原宿・隠田商店街(キャットストリート)の5つ星お米マイスター・小池精米店の取材も行いました。

 メディアで引っ張りだこ。お米ブレンダーの小池さん、原宿・青山界隈のお米の消費事情を語ってくれました。

 

 詳しくはマイナビ農業に記事を書きます。

 

 先月取材の記事もUPされているので、ご覧ください。

 


0 コメント

国境なき医師団に遺贈の問い合わせ急増

 

 先月末から今月初めにかけて有楽町・交通会館で開かれた「学べる終活テラス」。

 月刊仏事の取材で出向きましたが、実行委員会の代表に話を聞くと、最近、国境なき医師団の日本支部へ「資産を遺贈したいのだが・・・」というメールだか電話だかが頻繁に来るとのこと。

 それで実行委員会にどうしたものかと相談が来て、その結果、今回のイベントをすることになったのでそうです。

 

 お金も予約も要らず、誰でもフラッと立ち寄れる、というのがコンセプト。そして注力テーマは遺贈。

 高齢者人口の高い有楽町という場所が良かったのが、結構集客できたようで、今日来たメールでは、4日間でのべ約400人が参加したそうです。

 

 どうも貧乏人はお金さえあれば人生OKと考える傾向がありますが、あればあったでいろいろ心配事や面倒なことも多そうです。

 そしてまた、それまで私利私欲に走っていた人も、いざ人生を締め括る段になると、自分がやってこなかったことに関して、あれこれ悩むことになるのでは・・・。

 

 いずれにしてもお金の余っている人、血を分けた家族同士の血で血を洗う「争続」を見たくない人は、すすんでこうした社会活動に遺贈してほしいと思います。

 自分の財産がみんなのために、未来のために生きれば、こんなに幸せなことはないよね。

 


かわいく楽しく、ずしっとさわやか、瑞高祭

 ピキー、キキキキ、ピー!

 と、バタバタする生後3週間の子豚ちゃん。

 

 べつにいじめているわけじゃないけど、元気良すぎて、だっこされて子供たちが触ると大騒ぎしちゃうのです。

 ちなみに体重は3~4キロくらい。

 小型犬くらいの大きさで、かわいいったらありゃしない。

 

 今日は西多摩郡の瑞穂町にある都立瑞穂農芸高校の学園祭(瑞高祭)。

 例によって「マイナビ農業」の取材に行ってきました。

 

 この学校は都内で唯一、畜産科学科のある高校で、広大な敷地の校内には畑などの農地とともに、豚や牛をはじめとする動物がいっぱいいます。

 

 ちょっと学園祭の様子を覗いてレポートさせていただくだけで・・・と軽い気持ちで出かけたのですが、思いがけず、良い意味でヘヴィな取材になって大充実。

 

 酪農、養豚、それぞれのリーダーの生徒(3年生)、校長先生、社会科の先生にインタビューしたり、牛舎ツアーに参加したりしました。

 

 生徒の皆さんの話はとてもしっかりしていて、ツアーのガイダンスも素晴らしい。

 この学校では動物や植物の世話なども学業の一環となっていて、話を聞くと毎日めちゃくちゃ忙しそうだけど、とても軽やかに楽しくやっているのが印象的です。

 

 この瑞穂祭、人出もものすごく、毎年2日で4千人も訪れるとか。

 畜産科学科のこうした動物ふれあいコーナーの他、手づくりのミルクやキャラメル、トン汁などの販売、園芸科の野菜やじゃがバタの販売、食品加工科の手作りみそやジャム、肉まん・あんまんなどの販売と、美味しいものも盛りだくさん。

 この地域の人たちにとっては秋の大きな楽しみの一つになっているようです。

 

 しかし、ただ楽しく――だけじゃなく、テーマは「生命に学ぶ」。

人間の食糧となる豚や牛を育て、親しんでいる高校の学園祭だけに、言葉だけでなく、お腹にずしっとくるものがあります。

 

 晴れた秋空同様、すごく爽やかな一日でした。

 良い記事にしますぞ!

 


靴みがき少年と有楽町で逢いましょう

 

 取材で有楽町の東京交通会館に出向いたら、何やら行列ができてます。

 覗いてみるとそこは靴みがきスポット。

 僕も似たようなのを被っているけど、キャスケット型帽子のレトロモダンないでたちの「もと靴みがき少年(?)」のおっさんたちが5~6人並んでキュッキュキュとお客の靴を磨いています。

 30分後、取材を終えてもう一度通ると列は倍の長さに。

 

  「おっちゃん、靴みがかせてよ」

 と、靴みがき少年が、たまたま声をかけたのが大会社の社長。

 

 その靴を磨く少年の一所懸命さに胸を打たれた社長、

 

 「小僧、わしの会社で働かんか」

 

 こうして靴を磨いたことをきっかけに少年は丁稚奉公から努力を重ねて、ついにトップに上り詰めた・・・

かつてはそんな物語がまことしやかに語られいました。

 

 どんな小さな仕事でも、まじめに丁寧に、一生懸命やっていれば、夢のようなチャンスと出会える・・・靴が汚れているから、という実用的な目的よりも、そうした古き良き時代(?)の郷愁というかロマンを感じてお客が集まってくるのでしょう。

 

 ましてや、魅惑の低音・フランク永井の歌う「有楽町で逢いましょう」の舞台ならなおさら。

 

 そんな夢とロマンの靴みがき物語に水を差すわけではありませんが、これはどうやらここに店を出している靴屋さんのレトロビジネスの仕掛けのようで1回1100円。

 

 そういえば生まれてこの方、靴磨きなんてやってもらったことがない。

 皆さんがどの程度の腕前かは分かりませんが、床屋で髭を剃ってもらうような感覚でやってもらうのもいいかもしれません。

 と思って列に並ぼうとしたところで気が付きました。

 

 「あ、おれ今日、スニーカーだ」

 残念ながら靴磨き体験はまた次の機会に。

 


人生の果てに辿りつきたい場所

 

 「自分の夢を話してほしい。いや、夢というより目標かな・・・人生の果てまで行って辿り着きたい自分の場所。」

 

 ラジオドラマを書いていて、こんなセリフを主人公の女が吐いた。

 最初は「自分の夢を話してほしい」だけだった。

 

 意味としてはそうなんだけど、どうも「夢」という言葉がぬるくて気持ち悪い。

 彼女は28歳の料理人で、人生の最期を迎えた男に最後の食事を作ろうとしている。

 それで彼に何が食べたいのか訊いているうちに話が展開し、自分の将来の話をする。

 

 彼女の出したい店は、自分の夢を語ってくれれば、一飯の恩義を施すという店だ。

 それでその夢の話。

 

 子どもなら良い。

 子どもには夢が似合う。

 でも、大人には似合わない。

 

 最近は大人も夢を語っていい――という風潮になっているが、自分も含めて、いいおっさん、おばさんに

「わたしの夢は・・・」

 なんて言われると、子供や若い連中に対するみたいに「そうか、がんばって!」とは素直に言えない。

 

 言い換えるなら、やっぱり「目標」なのではないか。

 けど、この言葉も何だかカッコよすぎるし、きっぱりし過ぎているし、四角四面なニュアンスがある。

 で、出てきたのが「辿り着きたい場所」。

 

 「辿り着く」という言葉には積極的なニュアンスと消極的なニュアンスが両方ある。

 夢を持って進むのだけど、半ばで崩れて、立ち直り、何とか目標を立てて進んでいくのだが、いろんな波風に遭遇して、寄り道したり、ちょっと休んだりしているうちに、いつの間にか潮に流され、漂流してしまった。

 それでも彼方に見え隠れする目標に向かって泳ぐなり、歩くなりしていく。

 

 世の中の大人って言うのは、だいたいそうなのでななのだろうか?

 完全に周囲に流されちゃったり、完全に目標を見失って漂流民になってしまっては困るけど、なんとか自分の場所に辿り着きたい・・・。

 

 人生の最期を迎えた男も、それだったら何か語れるのではないか。

 そう考えた。

 

 そう考えているうちに、ふと中島みゆきの「店の名はライフ」という曲を思い出した。

 

 ♪店の名はライフ おかみさんと娘 

  どんなに酔っても 辿り着ける

 

 中島みゆきがデビューして間もない頃、確か2枚目くらいのアルバムに入っていた。

 ドラマチックな人気曲と違って、ほぼ同じメロディー、同じリズムが淡々と繰り返され、彼女がかったるそうにズラズラと上記のような歌詞を歌っていく。

 

 劇的な世界とコントラストをなす日常的な世界――けれども、とてもタフな心とやさしさと希望を秘めた世界が広がっていた。

 

 なんとか自分が望んだところの少しでも近くに辿り着きたい。

 僕はそう思うし、人生の最期を迎えた男もそう思うだろう。

 28歳の料理人の女にはまだ夢という言葉が似合う。

 

 けれども彼女はこの話の最後に、思ってもみなかったところに「辿り着く」ことになっている。

 一応、そうなる設定:目標を立てて書いている。

 

 


0 コメント

カカシも応援する中学生の稲刈り実習@駒場野公園・ケルネル田圃

 田圃に入って泥だらけになりながら稲刈り実習に勤しむ中学生たち。

 農作業というよりも子供のドロンコ遊びに限りなく近い。

 すごく楽しい。

 見ているこっちも楽しくなります。

 ずらりと並んだカカシたちも笑ってます。

 

 土曜(14日)の「マイナビ農業」の取材は、じつはダブルヘッダー。

 午前中は、こちら駒場野公園にある「ケルネル田圃」と筑波大学付属駒場中・高校にお邪魔して、中学生らの稲刈り実習の現場を見学してきました。

 

 ケルネル田圃とは、明治10(1877)年に明治政府の肝いりで開校した駒場農学校の広大な試験田の一部で、いわば明治時代の遺産。

 

 水田土壤の研究と稲作肥料の研究によって、日本の近代農学に大きな影響を与えたと言われるドイツ人講師・オスカー・ケルネルの名が冠された田圃です。

 

 ここで駒場農学校の140年後の後輩たちが、毎年、種もみから苗を育て、春に田おこし・田植えを死、秋に収穫・脱穀・もみすりをして玄米にする一連の農業実習を行っています。

 

 駒場中・高校は、農業学校ではありませんが、この田圃の仕事をとても大事にしていて、教育活動全体の柱にしています。

 

 この話もマイナビ農業 https://agri.mynavi.jp/ で今月中に記事UPします。

 

 この田圃がある駒場野公園は、井の頭線・駒場東大前下車徒歩2分。

 

 この季節、駅前ではカカシコンクール(目黒区主催)優秀作品賞の不動明王とスーパーマリオブラザーズもお出迎えしてくれます。

 

 渋谷からわずか2駅、時間にして5分のところにこんな素敵なスポットがあるのはワンダフル!

 


0 コメント

ニクいぜ品川:東京食肉市場まつり2017

 

 品川駅港南口・超近代的インターシティの裏手に広がる巨大市場。

 日本最大級の食肉の加工・流通拠点が東京食肉市場です。

 別名は「芝浦と場」。

 全国から運ばれてきた牛やブタがここで解体・加工されてお肉になり、僕たちの街のお店にやってきます。

 

 昨日・今日(14・15日)は年に一度の食肉まつり。

 今月から始めた新しい仕事「マイナビ農業」の取材でやってきました。

 

 普段は一般人は入場も見学もできませんが、この2日間だけは大開放。

 悪天候にも関わらず、お肉を求めてあちこちから人、人、人で大賑わい。

 

 普段、いろいろ作業している場内にはお店が立ち並び、牛肉・豚肉・加工肉などを大売り出し。

 肉料理の屋台やイベントステージも盛りだくさんです。

 

 牛のモウ汰と豚のトン吉もお出迎えしてくれました。

 が、ブタのほうがでかいのはなぜだブー?

 モウ太は子牛ということか?

 

 市場内センタービルの6階には「お肉の情報館」があり、

 食肉の製造工程や市場の歴史をパネル、ビデオ、模型などで分かりやすく展示していて、面白かった。

 

 この内容は今月中にマイナビ農業(https://agri.mynavi.jp/)の記事としてUPする予定です。

 


0 コメント

安楽死できる国は幸せか?

●安楽死を合法化したオランダ

 

 以前、安楽死を題材にしたドラマを書いたことがある。

 「近未来SF」と評された(その頃はまだ「近未来」という言葉が結構流行っていた。今世紀になって以降、死語になった)が、20年あまりたった今、その近未来は、完全に現実に結びついた感がある。

 

 「月刊仏事」の新企画で「世界のエンディング事情」のリサーチを進めていたら、もうすでに安楽死が合法化されている国があった。

 2002年、すでに15年前、世界で最初に安楽死法を施行したのはオランダである。

 

 オランダは不思議な国だ。ドラッグも売春も安楽死も、悪徳ではないかと思えることをどんどん合法化していく。

 

 自由な意思を尊重している。

 

 と言えるが、見方を変えると、人間はどうしようもなく愚かで弱くて悪徳から逃れらえない存在である、という一種の諦観のような考え方が根底にあるのではないか。

 

 だから、たまには現実なんか忘れてラリりたいし、いろんな女とやりたいし、痛いのや苦しいのをガマンするのはイヤだから、助からないと分かったらさっさと死にたいし・・・といった素直な思いをみんな受け入れましょう、ということで、国が運営されているのかも知れない。

 

 一度、受け入れ、許されたものは再び戻ることなない。

 アムステルダムの飾り窓が観光の呼び物の一つとして定着してしまったように、安楽死もかの国の生活の中に溶け込んでいていく。

 

 そしてオランダに続いてベルギー、ルクセンブルグが安楽死を合法化している。

 ヨーロッパの中でも、どちらかというとマイナーな存在のベネルクス3国がこうした先進的(?)な社会を作っているのはとても興味深い。

 

●家族主体の日本ではやっぱNG?

 

 日本はどうか。これに倣って安楽死合法化は難しいと思う。

 日本の場合、根底に死は個人のものでなく、その周囲のもの――家族あるいは医療者に委ねられるものという暗黙の了解があるからだ。

 

 自分の命は自分の自由にしていい、という考えは許されない。

 

 そもそも安楽死するかどうかを決めるのはその人本人でなく、“させるかどうか”を決めるのは家族だ。

 

 生死を決する際は、家族の気持ちが個人のそれよりも強く働き、尊重されるようになっている。

 そうした歴史が続いてきて、ひとつの文化になっているから変わりようがない。

 

●安楽死の近未来

 

 しかし、それも僕の思い込みに過ぎないのかも知れない。

 

 最近の、人の内面を動かす時計の廻り方はとても激しく、最近は「個人」がずいぶん強調されるようになっている。

 もしかして10年後くらいには安楽死の合法化が、少なくとも検討されるところまではいくかもしれない。

 

 ちなみにオランダでは、安楽死数は2006年に約1900人だったが、2012年には約4200人までに増えているというデータがある。

 これは同国の年間死亡者数の3%に上る数でだという。

 ここから5年経った現在ではどうなのだろう?

 増えこそすれ、減っているとはとても思えない。

 聞くところによると最近では“安楽死専門クリニック”まであるようだ。

 1990年代に書いた僕のドラマの世界は、とっくに追い越されている。

 


0 コメント

八王子・冨士森公園のスローバラード駐車場で、ポップミュージックをこよなく愛した僕たちの時代の妄想力について考える

 

八王子緑化フェアのメイン会場である富士森公園の駐車場は、ある一部の人たちにとってスペシャルな駐車場である。

 

 ある一部の人たちというのは、僕を含むRCサクセション、あるいは忌野清志郎の音楽が好きな人たちだ。

 この駐車場は彼らの名曲「スローバラード」の舞台なのである。

 

 ♪昨日はクルマの中で寝た

  あの娘と手をつないで

  市営グランドの駐車場・・・

 

 ここはもともと運動公園で、陸上競技のグランドになっていた。

 おそらく清志郎がこの歌を作った若かりし頃は、こんなにきちんと整備・舗装されていない、土の駐車場だったのだと思う。

 

 そんなイメージを抱きながら、僕は仕事の合間にこの入口に立ち、頭の中にスローバラードの切ないメロディを響かせてみた。

 

 すると一瞬のち、この場所はもう何の変哲もないただの駐車場ではあり得ず、光り輝くロックの聖地に変貌を遂げたのだ。

 

 おそらく僕だけでなく、60~70年代のロック・ポップミュージックに浸っていた輩は、こうした想像力が旺盛だ。

 

 当時はインターネットはおろか、まだミュージックビデオさえもなかった。

 

 僕たちが得られる音楽周辺の情報は、一部の音楽雑誌に載る記事と、ごく限られた写真、ラジオ、ごくたまにテレビ、そしてレコードジャケットのアートワークとライナーノーツだけだった。

 

 現代と比べればごくわずかなそれらの情報をタネに、僕たちは想像力を駆使して、その音楽の中から迸る感情を受け止め、現出する世界に没頭し、ひとりひとりが自分の感性によりぴったりくるよう頭の中でアレンジを施し、「自分の歌・自分の音楽」に育てあげていた。

 

 こうなると想像というよりは妄想に近い。

 

 より情報の少ない海外のミュージシャンのもの、さらにより前衛的なプログレバンドの音楽世界などは、そうした妄想力をますますパワフルにかき立て、際限なくストーリーを膨らませることができた。

 

 だから情報過多な現代とは、まったく聴き方の作法が違っていたのだ。

 

 それは単にミュージシャンから提供してもらった音楽を聴くというより、脳内で彼らの歌や演奏とともに、めくるめくイメージの世界を築き上げる「共同作業」をしていたと言える。

 

 もちろん、はなはだしい勘違いもあっただだろう。

 でも僕たちはそこまで楽しませ、刺激し、生き方の指針を示してくれるミュージシャンたちを心からリスペクトしていた。

 

 そうした情報レスな妄想リスニングの時代は、ミュージシャンとリスナーのとても幸福な関係が結ばれていたのではないかと思う。

 

 ♪ぼくら夢を見たのさ

  とってもよく似た夢を

 

 そう歌った清志郎も、もうこの世にいない伝説の人になってしまっている。

 八王子緑化フェアで賑わう、10月の日曜日の富士森公園の、ただ車を停めておくだけの空間でその歌声が胸にしみこんだ。

 


●八王子緑化フェア―「趣味の園芸・やさいの時間フェア」

 

 1日の日曜日は八王子フェア第3弾でした。

 「趣味の園芸・やさいの時間フェア」。

 ガーデンデザイナー・吉田祐治さんのデザインによるカルチャーステージは八王子の里山を表現したものです。

 

 出演の杉浦太陽くんを見て、幼稚園生くらいの子に「ほら、コスモスだよ」と言っているのを見てびっくり。

 うちの息子が保育園生の時に見ていたので、彼がウルトラマンコスモスをやっていたのってかれこれ15年以上前の話。

 いまはいつだ?っていきなり頭の中がタイムスリップです。いつもビデオでみているのかなぁ?

 

 第2部のトークショーは講師の藤田智さんと地元の「江戸東京野菜」の生産者のお話。八王子は都心に近い農産物の拠点。「江戸東京野菜」という東京ならではの伝統野菜がたくさんあり、最近、都内の一流シェフの間でも人気を集めています。

 「八王子ショウガ」など、八王子独自のストーリーを持つ野菜も人気です。

 この江戸東京野菜や、近郊農業の話は今後もちょくちょく書いていこうと思っています。

 


0 コメント

とんかつ屋はいかにして声優に転身したか

 

 9月も終わり。

 そういえば今年はお祭りの記事を書きませんでしたが、ちゃんとお神輿を担いできました。

 そこで親児の会の仲間に会ったのですが、そのうちの一人はご子息が声優を志していると聞きました。

 

 アニメ、ゲーム、映画の吹き替えのみならず、今の時代、特に日本ではいろいろなところで声優のニーズがあります。

 

 そして顔出しする俳優に比べると割合長持ちする、劣化が遅い、ということで、結構な職業とも言えます。

 が、志す人もそれに比例して増えていると思われるので、競争が大変です。

 

  以前は声優と言えば、お芝居をやって俳優を志していた人が、ひょんなことからこういう仕事もある、こっちのほうが安定して仕事がある、お金になる・・・といったことで、あえて言っちゃうと「俳優くずれ」がなることが多かった。

 

 小劇場をやっていた時代、僕が書いた芝居にチョイ役で出演していた俳優が、たまたまその舞台を見に来ていたプロデューサーの目にとまり、当時始まった某新アニメ番組の主役に抜擢。その作品が大ヒットを飛ばし、その某俳優さんも声優界の大スターに・・・というシンデレラストーリーもあります。

 あれは本当にびっくりしたなぁ。

 

 その頃から声優の仕事が増え、社会的認知度も上がり、中にはそこらの俳優をしのぐ人気を獲得する人も出てくると、いきなり声優を志す人も激増しました。

 

 それにしても、どうやって声優になるのか?

 どんな人が声優になれるのか?

 学校はいっぱいあってイロハは学べるけど、行けばなれるというものでもない。

 前述の某大物声優さんも、その芝居を見る限り、けっして特出して「うまい!」という人ではありませんでした。

 

 そこで思い出したのが、昨年やった仕事でチャンネル銀河の「歴人めし」のナレーションをやってくれた声優さん。

 この番組では歴史上の人物の食い物にまつわるエピソードを小噺風にまとめ、講談調の語りにしたのですが、とても達者にこなしてくれました。

 ヴォイスサンプルを聴くと、いわゆるアナウンサー系の真面目なナレーションから、ちょっとぶっとんだ演技まで幅広くこなせ、なかなか器用な人です。

 その彼が声優になったきっかけのエピソードが面白かった。

 

 収録の際、お昼のお弁当がトンカツだったのですが、彼はなんと実家がとんかつ屋さんで、自身も学校を卒業後、その家業を手伝っていたそうです。

 それがある日、お店で新聞を開くと、ルパン三世の声をやっていた山田康夫さんの訃報が。

 その瞬間、彼が何を思ったか。

 「よし、これで俺のポジションができた」

 

 彼自身はルパン三世の声をやる感じではないのですが、とにかくそう天啓を受けたかの如く感じたそうです。

 

 ちょっと出来過ぎた話なので、人を面白がらせるための作り話?

 とも思いますが、彼がその後、とんかつ屋から声優に転身し、活躍しているのは事実。

 意志の強さとというのとはちょっと違うけど、要はそれだけ自分の才能と運を信じられるか、ということです。

 

 いろいろ聞くと、他の職業から転身したという人は少なくない。

 「とんかつ屋から声優になりました」とか、「美容師から声優に」とか言った方が記憶に残るし、「今回の作品はブタが出てくるし、じゃあ元とんかつ屋を使ってみるか」という話にもなるんじゃないですかね。

 そんなアホな・・・と思われるかも知れないけど、裏事情はそんなところです。

 ぜんぜん「どうすれば声優になれるか?」の答になってなくて申し訳ないけど。

 


八王子「きょうの料理フェア」

 

  昨日24日は八王子フェアシリーズ第2弾、「きょうの料理フェア」をやりました。

 第1部は番組の公開収録。写真はリハーサル中

 大人気企画の「20分で晩ごはん」に料理研究家のきじまりょうたさんが挑戦し、後藤繁榮アナウンサーが得意のダジャレを交えて、丁々発止の冷やかしを入れる。

 きじまさん、負けずに大汗かきつつも20分で4品の料理を見事作り上げました。

 放送はEテレで27日・水曜日・午後9時から。

 

 第2部はトークショー。

 東京唯一の道の駅「八王子滝山」の惣菜店「はちまきや」のメンバーが来て、後藤アナ・きじまさんと郷土料理の話に花を咲かせました。

 客席の参加者にお惣菜の試食もふるまいました。

 

 ちょっと暑かったけど、おいしい2時間ごちそうさま。

 


働くシングルマザーと、生活保護のシングルマザーの価値観について

 

 シングルマザーしている友だちと話していて、「生活保護リッチ」の話になった。

 どうも彼女の知人で同じくシングルマザーしている人の中にそういう人がいるらしい。

 

 その生活保護の彼女には、結婚していない彼氏がいて、その彼氏には稼ぎがあるので、ダブルインカムになるという。

 

 そういうわけで、お金があるので、結構優雅に旅行したり、いい服買ってお洒落したり遊んだりもできちゃう、それってむちゃくちゃ不公平じゃん――と、要約するとそういう話。

 

 片や、シングルマザーの中には貧困にあえいでいる人が大勢いて、にも関わらず、いろいろ制度の問題で生活保護を利用できない、という話も聞いています。

 

 いったいどうなっているのか?

 

 この問題は深入りすると、ズブズブ底なし沼に沈んでいきそうなので、とりあえずここでは、朝から晩までダブルワーク、トリプルワークで働いて食っている人と、ズルして(ズルでなくてもうまいこと手管を下して)生活保護を受けて、結構優雅な生活を送っている人との対立をどうするか?――ということに話を絞ります。

 

 日本経済が長期低落状態に陥って以来、たびたび耳にする話だけど、簡単に僕の見解を記すと、僕のお友だちみたいに、ちゃんと働いて稼ぐということに意義なり、価値なりを認めている人は、生活保護リッチ(あえてそう呼んでみる)の人の暮らしと自分の暮らしを比べて嫉妬したりするのはやめたほうがいいと思います。

 

 そういう人は「じゃあ私も」と真似してみたところで、罪悪感とか、恥ずかしさとか、世の中に対する申し訳なさが勝ってしまい、絶対幸せな生活は送れない。

 

 おそらく子供にもそうした親の罪悪感やら、恥ずかしさやら、申し訳ない気持ちが伝染して、歪んで育ってしまうと思います。

 

 生活保護リッチの人は、たぶん人から後ろ指刺されても負けないで通せる度胸と、自分なりの生き方を持った人なのです。もちろん罪悪感も遠慮もないでしょう。

 そういう意味ではかなり強靭な精神の持ち主と言えます。

 

 子どもを育てるには安定した経済環境が必要です。

 口でいくら「お金じゃ幸せは買えないよ」なんて言っても、今日明日の食事も心配だったり、精神的にも追い詰められるような状態では、まともな子育てなんかできません。

 

 生活保護リッチのシングルマザーは、シングルマザーになった時点で、そうしたもろもろを考え合わせ、子どものために、自分のために、ええい!と開き直ったのでしょう。

 

 また、生活保護でリッチな暮らしなんかして、いつか報いが来るよ・・・とも思いません。

 でも、どこかで顧みなくちゃならない時は来るでしょう。

 子どもだっていつか自立する。

 自分もずっと生活保護で暮らせばいいや・・・と考える子はあまりいないと思います。

 その時に親として胸を張って送り出せるか、お互いに別々の大人としてちゃんと歩き出せるかどうか、だと思います。

 そしてもしかしたら、僕たちも巡りめぐって、成長したその子供に救われることがあるかも知れません。

 

 願わくば、そうした人には、子供のために、自分のために、お金にはならないけれど、大切な仕事――たとえばPTAでも地域ボランティア活動でもやってほしい。

 一種懸命やっていれば、きっと周囲は応援してくれるから。

 

 生活保護、いいと思います。

 なんとか不備な制度を改善して、貧困にあえぐシングルマザーが罪悪感を抱くことなく、気軽に利用できるようにしてほしい。

 先にも書いたように、今日明日の食事も心配だったり、精神的にも追い詰められるような状態では、まともな子育てなんかできないんです。

 

 お金がなければ、働けなければ、もう死ぬしかない――

 そこまで追い詰められなくてもいい国なんです、日本は。

 いろいろ問題はいっぱいあるとは言え、恵まれた国であることは間違いありません。

 そういう国で、貧困のせいで子供やお母さんに死んでほしくない。

 

 というわけで生活保護賛成。

 だから多少、ズルした生活保護リッチみたいな人が出てくるのはやむを得ないとも言えます。

 われながら、ちょっとお人よし過ぎるかなぁ・・・とは思うけど。

 

 でも僕は、お金のこと心配しつつ、子どもの将来だいじょうぶかな?と考えつつ、朝から晩まで頑張って働いて、子供に愛情を注いでいる彼女のことをとても好ましく思っています。

 

 彼女の価値観はとてもまっとうだと思うし、愚痴をこぼしても、なぜか人を明るい気持ちにさせるキャラクターは、きっと子供にも良い影響を及ぼすでしょう。

 

 なんとか応援したいなぁ。

 カネのないやつがそんなこと言ってもしゃーないんだけど。

 


0 コメント

趣味の園芸フェアinはちおうじ:ガーデンマスターの底力

 

 関東も台風接近で大雨でしたが、八王子緑化フェア開幕。

 本日の「趣味の園芸フェア」も盛況のうちに無事終わりました。

 

 お客さん入るのか?と思いましたが、雨天会場の催事テントは満員御礼状態で、たいへん盛り上がりました。

 

 第一部は「解決!ガーデンマスター」の公開収録。

 第二部は「ガーデンマスターの底力」と題したトークショー。

 僕の仕事は第二部でしたが、内容は簡単に言っちゃうと

 「ガーデンマスター」=ガーデンデザイナーのお仕事紹介です。

 

 造園業でもない、園芸家でもない、植木屋さんでもない、ガーデンデザイナーってどんな仕事をする人?ということで、番組講師でもあるJAG(日本ガーデンデザイナーズ協会)の代表お二人――正木覚さん、吉田裕治さんを招いて、いろいろ根ほり葉ほり聞いていきました。

 

 21世紀突入以降、ライフスタイルの多様化で、いろんな新しい職業がいっぱい生まれているけど、このガーデンデザイナーもその一つ。

 

 単に庭の設計をするだけでなく、クライアントの話をとことん聞いて、その人のライフスタイル――というか人生そのものに適した庭づくりを提案する。

 園芸関連のベーシックな技術・知識・センスにプラス、多方面の技術やカウンセリングというか、精神の医療者のような役割まで引き受け、その人の心の中にあるマイガーデンを具体的な形にしていくというのです。

 

 このガーデンデザイナーに関する詳しい話はまた後日。

 

 来週は「きょうの料理」、再来週は「趣味の園芸・やさいの時間」と、Eテレフェスタの台本と演出3週連続業務。

 この後はお天気よくなりますように。

 


0 コメント

八王子の惣菜店「はちまきや」と織田信長とTOKYO-Xの豚バラ大根

 

●はちまきや 

 今日も八王子フェアの取材

 4日開催の「きょうの料理フェアin八王子」に出演する「はちまきや」のメンバーにお話を伺いました。

 

 「はちまきや」は、都内唯一の道の駅である八王子滝山に入っているお惣菜屋さんで、

地元の人たちに大人気のお店。

 メンバーは農家のおかみさんたちで、毎日朝の7時前から入り、地元産の農産物などを使って、いろんなお惣菜やお菓子を作るそうです。

 

 あんころもちの餡なども、毎朝、小豆から煮るそうで、作っている最中からお客さんがやってきて注文し、出来上がりの時間を聞いて戻ってくるそうな。

 

 皆さん、もともと家では手料理を作っていたのだけど、この店を開店するにあたって、プロの料理研究家を招いて、メニュー作りなど、協力してもらったそうですが、その人の作るものは、ちょっとおしゃれ過ぎて味が薄い。

 八王子のお客さんの口にどうも合わまくて、昔から自分たちがやっていた味付けにしたら、そっちのほうがウケて大評判になったということ。

 

●織田信長

 その話を聞いて思い出したのが、織田信長のエピソード。

 尾張名古屋のキングから、日本のグランドキングに上り詰めようとしていた信長が、京の都から一流料理人を呼んで、料理を作らせた。

 ところが信長、2、3品つついたところで、

 

 「こんな水くさゃーもの食えんわ、このくそたーけ!」と

ちゃぶ台――じゃなくて、お膳をひっくり返して大激怒。

 

 なにせ「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」の人なので、

 料理人、真っ青になり、京の料理人のプライドなんかかなぐり捨てて、自分の基準ではありえないくらい味付けを濃くして出し直したそうな。

 

 そしたら信長、

 「めっちゃんこうみゃー。やればできるがや、おみゃーさん」

 と、褒めたたえ、金銀ジャラジャラ褒美をとらせたとか。

 

 あのお方はな、上品な京都の薄味が分からない田舎侍やさかいな――と、

 信長を揶揄した京都人の作り話のようですが、食べ物の好みにまつわる、こうした歴人のエピソードは大好きです。

 

●TOKYO-Xの豚バラ大根

 ちなみにいくつか、このはちまきやの惣菜を買って帰って食べました。

 すっかり有名になったブランド豚「TOKYO-X」も、じつは大半が八王子産。

 このバラ肉(脂身がほんのり甘い!)と大根を煮つけが、めっちゃんこうみゃー。

 信長にも食べさせてあげたかった。

 

 


0 コメント

高橋みなみもサプライズでやって来る確率0.01%くらいはあるかもなぁ~の八王子フェア

●Eテレイベント3連荘

 

 5月に引き続き、今月もEテレ関連のイベントの仕事に取組中。

 今回は八王子の全国緑化フェアの一環で、来週から「趣味の園芸フェア」「きょうの料理フェア」「趣味の園芸・やさいの時間フェア」と10月頭まで週末3連荘で、番組公開収録とトークショーを実施。その台本書きと現場の演出をやっています。

 おヒマがあれば富士森公園の特設ステージにお越しください。

 

●はちおうじフェアWalker

 

 ちなみに東京Walkerで、この八王子緑化フェアのPR版が出ています。

 元AKB48の高橋みなみちゃんが八王子出身(高校生まで住んでいたそうです)なので、表紙と巻頭インタビューを飾っています。

 

 ただ彼女がこの八王子フェアに出てきて何かやる予定はないそうです。

 と言っておきながら、じつはサプライズで登場・・・ということはほとんどないだろうけど、1ヵ月ずっとやっているので、まったくないとも限らないかも・・・でも、やっぱりないだろうな。

 

●タクシーのおばちゃんに叱られた

 

 昨日は出演者との打ち合わせと現場下見に行ってきたけど、盛り上がりはイマイチ。

 駅から乗ったタクシーのドライバーが、ローリング60のかなりキレキレのおばちゃんで、僕ら(プロデューサーと僕)がイベント関係者だと知ると、

 「もっと宣伝しなきゃダメだよ~!うちの会社にもケチって、チラシもこのなんとかWalkerも、ちょこっとしか置いてかなくて、みなで回し読みしてくれって言うんだからさー。回覧板じゃないんだよ~」と、明るく叱られてしまった。

 

 あの、僕たち、広報係ではないんですが・・・。

 でもまぁ、ご意見はごもっとも。

 こういうものの宣伝はやっぱ紙ですよね。

 印刷代節約して、詳しくはウェブサイトで・・・じゃダメだと思います。

 いずれにしても、なんとか盛り上げてもらいたいな。

 トークショーは面白くしますよー。

 


0 コメント

ロボットが社会に出てくるからこそ、人間の在り方について考えられる

 

 先月の「エンディング産業展2017」では、ロボット導師(お経を唱えるお坊さんPepperくん)がセンセーションを巻き起こしました。

 

 じつはここ数日、その提案を行なった企業とやりとりしていたのですが、聞くところによると、反響・問い合わせがものすごく、その大半はかなりネガティブなものだったようです。

 「死者を冒涜している」とかね。

 

 目立つし、エンターテイメンタブルなのでメディアにとっては格好の素材。

 面白おかしく、なおかつ、「これからの葬式はどうなっちゃうんだ~」みたいな煽るような報道をするので、ひどい誤解を受けた、とその企業の人は語っていました。

 

 ゆるキャラ的な領分でならいいけど、やはり人々はロボットが社会に入ってくるのを快くは思っていないようです。

 それが葬儀のような、心に深く関わる領域、人間の尊厳に触れる領域に顕れたので、そういう感情が露呈されたのだと思います。

 

 僕も以前、そのうち、美男美女の看護士アンドロイドとか登場するのでは・・・と書いたことがあったけど、医療・介護・葬祭などの分野では割とロボットが活躍するシーンが多くなるのでは、と考えています。

 

 なんというか、人間よりもロボットに面倒見てもらったほうが気がラクだ~、癒される~という人も結構多いのではないかな。

 お葬式もロボットにやってもらいたいという人だって割といるかも。

 亡くなる本人はそれでよくても、遺族が許さないだろうけど。

 

 人間の心、尊厳に触れる領域で、ロボットやAIを使うのには相当抵抗があるというのが現在の社会通念だけど、坊さんや牧師さんがロボ化するかどうかはともかく、これからIT技術が入り込んでいくことは必至。

 

 だからこそ「人間の尊厳とは何か?」という議論が巻き起こる。

 それって、むしろ良いことだと思います。

 

 というか、これから先は「人間の在り方とは?」「人間にしかできにことって何だ?」を考え、議論するのが、どんな職域でも人間のメインの仕事になるのではないか・・・そんなふうに思えるのです。

 


0 コメント

エンディング産業展2017おまけ:一生消費者で終わらないために

 

 今年のエンディング産業展は、けっこうあちこちでニュースとして採り上げられ、話題になっていたようです。

 「最後の成長産業 年間売上○兆円の大市場」とかね。

 

 マスメディアの採り上げ方はどうしても皮相的になるので、ロボットの坊さんとか、ネットを使った遺影サービスとか、きらびやかなお墓や仏壇とか、やっぱりそういうのになってしまう。

 

 わいわい面白がるのはいいけど、葬式とかお墓の世界がこんなに明るく楽しくなっちゃっていいのか? いったい世の中どうなっちゃうんだ?

 といった違和感を抱く人も多いのではないでしょうか。

 

 僕も業界情報誌のライターという立場上、あちこちのブースを回って出展者と話す会話は、

 「売上、すごく伸びてるみたいですね」

 「ずいぶんシェアが広がりましたね」

 「そんなにそのニーズが大きいんですか?」

 「マーケティング戦略はどうですか?」

 

 といった感じで、改めてふり返ると、なんだかすごい違和感を感じるのです。

 

 ビジネスの世界なんだから当たり前だけど、提供する側も受け取る側も、それだけに終始していると、これらの商品やサービスを使う人はみんな「お客様」であり、「消費者」になってしまう。

 

 僕らは現代の消費社会では、市民とか人間とかではなく、「消費者」と呼ばれるのにふさわしいけれど、最期までそれでいいと思っている人は、そういないはず。

 

 これからやってくるエンディング=死について思いを巡らすことは、今ある生をより充実させることです。

 最期まで消費者として終わって満足・納得だ、という人はいいけど、そうでない人は、自分の人生をこれかえら終わりに向けてどうしていくのか、エンディング情報をきっかけにリ・クリエイトしていければいいのでは、と思います。

 


0 コメント

エンディング産業展2017 3日目:この業界の面白さ

 

 鎌倉新書の仕事を初めてやった5年前には、エンディングやら終活やら、といった言葉がここまでポピュラーになるとは思わなかった。

 

 ここでメインになるのは経済・産業の話だが、そこに文化やら歴史やら宗教やらがかなり濃密に関わってくるのが、この業界の面白いところ。

 

 これまでは「葬式・お墓ってみんなこんなもの」と思っていたけど、最近はお決まりのテンプレートの中にはめ込まれて、「いい人でした」「立派な人でした」「家族思いでした」といった定型文でまとめられて人生チャンチャン!にされてしまうことに、みんな我慢ができないのだ。

 そんなものにお金を払いたくないのだ。

 特に今、70より下の戦後生まれの人たちは。そうですよね?

 

 だから文化やら歴史やら宗教やらに関する知識やら感性やらが、大きな価値になる。

 個人個人の話を聞き、思いに応えられrることが大きな価値になる。

 そうした価値をいかに経済に変換できるか

 

 ・・・てなことを考えた3日間でした。

 でもきっとこれは、この業界に限った話じゃないね、きっと。

 


0 コメント

エンディング産業展2017 2日目:石造キティと出会い、巨大石臼ひきを体験

 

 エンディング産業展に併設というか、インクルードというか、されているのが「ジャパン・ストーンショー2017」。

 

 墓石業界も苦境を打開しようとPRに必死。

 斬新なデザインのお墓、ユニークなデザインのお墓がいろいろ提案されています。

 

 そのおへそに陣取る日本石材協会のブースでは、東日本大震災や熊本地震の際にボランティア活動をした関係で、熊本物産展もジョイント。

 

 昨日はなんと、くまもんも応援にやってきて、大騒ぎだったらしい。

 

 しかし僕はセミナー取材の時間と重なっていたたため、くまもんにはお目にかかれなかった。ざんねん。

 

 その代わりと言っちゃ申し訳ないけど、ビッグでロックなキティちゃんと2ショット。

 巨大石臼もぐりぐり回しました。

 

 


0 コメント

●エンディング産業展2017 レッツ・ラーニングは世界の潮流

 

 今日から東京ビッグサイト(国際展示場)で「エンディング産業展2017」が始まりました。

 昨年に引き続き、鎌倉新書(この産業展のメディアパートナーになっている)の仕事で、25日・金曜まで3日間取材漬け。

 

 今年は「教育」「学び」が大きなテーマになっており、大小併せて100を超えるさまざまなセミナーがすべて無料受講できることになっています。

 

 もちろん、ビジネスチャンスを作る場ではあるのだけど、そのためにもこれまでの常識や古いノウハウに頼っていないで、この機会に新しいことを勉強し始めてください、というわけ。

 

 エンディング産業界に限らず、世の中、あらゆることが学び直し・勉強し直しの時代に入っているということです。

 

 今日にの取材のメインは、11:00から2時間半にわたって行われた東アジア国際葬送シンポジウム。

 中国、台湾、マレーシア、韓国の4ヶ国の葬祭関連の教育機関、研究施設の代表者を招聘し、自国における人材育成の実態について話しました。

 

 どの国も日本を追って発展し、近代化してきましたが、そのスピードはすさまじく、この葬祭関連の人材育成という文太では、すでに日本をしのいでいます。

 

 韓国では関連学部を設けている大学もあり、エンディングを実務のみならず、総括的に、アカデミックに扱い、死について――命について勉強している。

 こうした潮流が世界的に広がっており、それは近々、日本にも波及してくると思います。

 


0 コメント

未来食堂から学ぶ、「Yes」から始まる未来

 

「未来食堂」の小林さんがまたテレビに出ていた。

 自分のブログをふり返ったら、この前、未来食堂のことを書いてからもう4ヵ月が経っている。 光陰矢の如し。

 

●未来のストーリー

 

 で、やっぱり話を聞いて、やっぱり感心してしまった。

 お店の理念がとにかく素晴らしい。

 ごはんを食べる場所は、誰もがそこ安心していられる場所。誰もに相応しい場所。

 

 AIやロボットが台頭して、それまで有能と言われ、自信にあふれていたビジネスマンが失職し、失意の中で食堂にめしを食いにやってくる。

 

 ある人は表に貼ってある「ただめし券」を使って、泣きながらガツガツ食べたりもする。

 

 そして、お腹が満たされたて、ふと店内の他のお客を見わたす。

 泣いているやる、笑っているやつ、怒っているやつ、まったりしているやつ、生まれてきたばかりのやつ、もうすぐあっちへ行っちゃいそうなつ・・・

 いろんなやつがいいて、そいつらみんな、たくさんの人間の未来に思いを馳せる。

 これからの人間には何が求められるのだろう?と。

 

 話を聞きながらなんだか、ふと、そんなストーリーとシーンが思い浮かんだ。

 

●しょうゆを使わないきんぴらの話

 

 今回、印象に残ったのは、お客さんの申し出を否定しない、ということ。

 

 一例として挙げたのは、「あつらえ」――この店ではその日の定食のほかに、冷蔵庫にある材料を見せて、お客がほしい一品料理を作ってくれる――に、「塩気のない金平」を作ってくれ、という人がいたという話。

 

 きんぴらには塩分のある醤油を使うので、通常、この注文はアウトだが、小林さんは醤油の代わりにお酢と砂糖を使って、なんとかきんぴらに近いものを作る、という。 (お酢を熱すると、しょうゆに近い風味が出せるらしい。今度実験してみよう)

 

●まず肯定し、受け入れて、考えて、工夫する

 

 お客を否定しないなんて、そんなの商売なら当たり前だろ、という意見もあるだろ、

 また、表向きはどんな会社もお店もそう言ってるだろう。

 

 でも、いざ実行しているところはどれだけあるだろう?

 小林さんのように考えて、こんな工夫をするだろうか?

 

 実際、ノーといった方が面倒はないし、カッコもつけやすい。

 自信があるように見える。

 

 ノー、うちはそんなものは作りません。

 ノー、それは僕の仕事じゃありません。

 

 もちろん、理不尽な要求にはノーと言わなくてはいけないけど、すぐに否定する前に少しは相手を受け入れられるか、考えてみていいのかも。

 

 イエス、やってみましょう。

 イエス、できるかもしれません。

 

 そして、人に対してだけじゃなく、自分に対しても。

 

 イエス、やったことないけど、やってみよう。

 イエス、自分のこういうところ、いいんじゃない?

 (そいういえば「Yes、We can!」とういうのがあったなぁ。懐かしい)

 

 人との関係も、自分の可能性らも、ます肯定して受け入れるところからしか始まらない。

 未来はイエスと言った時点からスタートする。

 もう一度、小さなところから「Yes、We can!」を実行したらどうだろう?

 

 そんなわけで未来食堂、

 4ヵ月前は「これから産休に入ります」とのことだったが、いつの間にか産休も終えて復帰していたようなので、しばらく神保町界隈に用はないけど、行ってみるか

 ・・・と思ってホームページを見たら、29日まで夏休みになっていた!

 

 う~ん、未来はまだ遠い。

 


続きを読む 0 コメント

ナマケモノリズムで未来型脳を養生

 

 しばらくお休みなのでのびのび。

 しかも涼しいので超ハッピー。

 とくに出かける予定も立ててないので、時間を意識する必要もない。

 

 こういう機会があると、このタイムレスってこと、かなり大事だな~と感じます。

 

 普段、結構、時間に追われちゃているので、たとえ遊びにせよ、時間を気にしなくちゃいけない状況だと、あんまし休みの意味がない。

 

 僕たちは「タイム・イズ・マネー」など、いかに少ない時間でたくさんの仕事をするか、生産の効率性という価値観にどうしてもとらわれています。

 

 今でも、いかに効率的に仕事をするかとか、時間節約術といった情報に対するニーズが高いけど、そういう1のって、きっとこの10年の間に飛躍的に普及するであろうAI技術によって、ほとんど価値のないものになると思います。

 

 だって効率性という部分では、24時間365日、休みがなくても疲れ知らずで働けるAIに人間がかなうはずがない。

 

 むかしむかし――と言っても、ほんの100年も経たない昔は、穴掘りとか、重たいものを運ぶとか、吊り上げるとか、といった重労働は人間がみんなやっていました。

 今の基準で言えば、ウェイトリフティングとかハンマー投げの選手に相当するような強靭な肉体を持つ男たちがうじゃうじゃいて、彼らがそうした労働を担っていました。

 けど、それが今や、みんな機械に取って代わられた。

 

 それと同じことが、そんなに深い思考を必要としない、情報整理の仕事――つまり、今世の中にある大半のデスクワークの分野で起こるわけです。

 

 僕たちが知的労働・頭脳労働だと思っている仕事は、みんなAIにお任せでき、単純労働と同じになってしまう。

 

 そう遠くない未来――あなたも僕もまだまだ元気で働いている時代には、人間がやる仕事はそうした「単純労働」とは違う質のものになります。

 抽象的な言い方しかできんあいけど、それはきっと、もっと人の心に寄り添う仕事だ。

 

 近代的な価値観に囚われている僕たちは、どうしても休むことは罪悪で、睡眠不足でろくに頭が回らなくても懸命にがんばることが美徳なんだと思いがち。

 だけど、そうした、これまで社会に「大事だよ」とされてきたものは、これまた社会とか企業とかの都合で鼻チンされ、くしゃくしゃっと丸めてポイしてされてしまう。

 

 だから僕たちは自分の脳を変えるべきです。

 ちゃんと休んで、ちゃんと眠って、脳の新しい可能性を引き出すよう努めるべきです。

 この夏休みで日常と違う生活を送ることで、なんだか自分の身体のリズムが変わった気分になります。

 

 というわけで、気分次第で、止まっている創作に手を付けたり、新しい企画や9月のイベントの台本を書き始めるかもしれないけど、とりあえずナマケモノリズムでGo Ahead。

 


0 コメント

国会図書館は東京のど真ん中の避暑地・隠れ家

 

 「月刊仏事」の新しい連載企画のリサーチのため、国会図書館へ。

 閉館時間の午後7時近くに表に出ると、夏の宵闇とセミの合唱に包まれていました。

 国会図書館周辺は広々していて緑も多く、吹き抜ける風もけっこう涼しくて爽やか。

 正面に浮かび上がる議事堂もちょっと幻想的です。

 

 国会図書館は静かで良いところです。

 もちろん本(蔵書数は日本一!)が読めるんだけど、他のお客さんや働いているスタッフの人たちを見たり、食堂や売店を覗いてみるのも面白い。

 

 なんというか、街中と一味違っている。

 みんなしごくまともで仕事や勉強が好きだけど、ちょっとひとひねりしている、日常とズレた世界にいるという感じ。

 

 そんなわけでこのあたりに来たら、ぜひ一度寄ってみてください。

 身分証明さえあれば、すぐに利用カードを作れます。

 

 夏休みはヒマで、混んでいるところはイヤだ。どこにも行くところがな~い!という人には結構おすすめです。

 意外な穴場というか、東京のど真ん中の避暑地・隠れ家みたいな感じです。

 

 中には食堂やコンビニやカフェもあるし、ウォータークーラーの水も飲み放題。

 お金はほとんどかかりません。

 お盆も通常通り営業で、日祝と第3水曜(今月は16日)以外はあいてます。

 もしかしたら、あなたにとってのパワースポットになるかも。

 


0 コメント

カエル男のスキンケロ情報

 ここでよくカエルのことを書いているせいか、もしかしたら、僕はカエル男化しているのではないだろうか?

 と最近、疑念にかられることがある。

 

 9月に八王子でイベントの仕事があるので、今日は午後からいろいろ下見と打ち合わせをやってきた。

 1時に京王堀之内駅に着くと、青空が広がり、気温37度超。

 思わず駅のコンビニでウィルキンソンの炭酸水を買ってシュワシュワのやつをゴクゴク飲み干した。

 

 が、台風が来た時のひどい蒸し暑さと違って、割とカラッとしていると感じる。

 みんな数字を聞いて大騒ぎするけど、僕としては32~3度を超えちゃうと、それより上はそう大して変わらない感じがする。

 これが40度ちかくなればまた違うのだろうけど。

 

 で、堀之内駅からプロデューサー氏といっしょに車で5分ほどのガーデンデザイナーのお店を下見し、14時半ごろ、再び車に乗って20分ほど走って八王子駅方面へ。

 

 八王子駅からほど近い冨士森公園というのが、9月のイベントの会場なのだが、そこで降りると20分前とは空気がガラッと変わっていた。

 日差しがなくなったのでさっきより気温は下がっている感じがするのだが、湿気をたっぷり含んだ空気がじとっと肌にまつわりつくのである。

 

 カエルなら跳び上がって喜んでケロケロっと鳴き出すところだが、僕にとってはただ気持ち悪いばかりで、「もうすぐ降ってくる」と訴えた。

 で、公園を歩き回って10分もたたないうちに落ちてきて、3時のおやつの時間には思いっきりザアザアぶりに。

 

 他愛のない話だけど、自分の肌が天気の急変に鋭敏に反応したことは、ちょっと面白かった。

 

 皮膚は第2の脳と言われています。

 子どもの直観力が鋭いのも、皮膚が繊細で鋭敏だから。

 言語化されない、可視化できない無数の情報をキャッチすることができる。

 

 子どもと同等に――とまではいかないだろうけど、自分の皮膚感覚を信頼することは、ネットなどで溢れる情報の洪水に流されないためにも割と大事なことだと思います。

 カエル男・カエル女になるのも悪くない。

 

 余談ですが、荷物の2ヶ口、3ヶ口というのを「にケロ、さんケロ、よんケロ、ごケロ」と呼ぶ人たちといっしょに働いています。

 みんなケロケロ言って、カエルの合唱をしているような職場で僕は大好きです。

 


0 コメント

ロボットみたいなプロフェッショナルより、ヘタで未熟な若僧のほうが好印象という話を聞いた

●あえて若者を使うという葬儀社の社長

 

 現場の担当者はできるだけ若い社員に任せるようにしています。

 ベテランがやったほうが安心感はあるのですが、あまりに手慣れた感じ、こなれたやり方で仕事をすると、ルーティンワーク的、ビジネスライク的といった印象を与え、マイナス評価に繋がってしまいます。

 それよりも息子・娘・孫のような若者が一生懸命奮闘している姿を見せたほうが年輩の喪主の胸に響く。

 少々の失敗も大目に見てくれます。

 

  「月刊仏事」の電話インタビューで、こんなことを話してくれたのは秋田の老舗葬儀社の社長さん。

 話し声からはのんびりした感じのキャラかなと思ったが、なかなか経営者としてキレてる、と見た。

 すごく納得できる話だ。

 僕がお客の立場でもまったく同じように感じると思う。

 

 若者よ、失敗をおそれず、がんばれ!

 おじさん、おばさんはきみらに甘いよ、やさしいよ。

 逆に言えば、若いということは、ただそれだけで大目に見させる才能があるということです。

 ただ30も半ばを過ぎちゃうと、なかなかそうはいかなくなるけどね。

 

●あなたのやっている仕事、磨いた技術は本当に価値があるのか?

 

 もうひとつ―ー

 なんだか仕事に対する価値観が変わってきているような気がする。

 この話と似たようなことを、以前、民家での看取り看護をやっている人からも聞いたことがあります。

 

 いわく「葬儀屋さんはプロだから、なんでもテキパキ仕事をこなしちゃう・・・」

 

 その人から見れば、あまりに無駄のない、スムージーなその仕事ぶりが、なんだか心がカラッポのロボットの動作のように映ってしまったのです。

 実際にやっているスタッフはちゃんと心を込めているつもりでも、長年培った技術は自然と身体を合理的に動かしてしまう。

 

 難しいものです。

 きっと人は心のどこかで、昔あった隣組の人情というか、近所の人たち(もちろん素人)が集まって、みんなで亡くなった人を送ってあげる――そうしたお金を介さない、心だけでやる仕事ぶりを葬儀屋さんに求めているのかな?と考えました。

 

●これは葬儀屋さんだけの問題?

 

 さらに、これは葬儀屋さんだけの問題だろうか?とも考える。

 

 従来はうまくスムーズにテキパキ仕事をこなすのがプロだし、「できる人」だったが、今はそうとは限らない。

 

 特にサービス業では、そういうのは嫌われちゃったり、つまらないと思われたりして、むしろ素人っぽい感じでやったほうが受けたりもする。

 

 文章なんかでもやたら流麗だったり、きっちりまとまった文章よりも、へたくそだったり不器用だったり、ちょっと拙いくらいのほうが気持ちが伝わる、と言われたりもする。

 その場合、気持ちを伝えるのが最終目標なので、うまい文章よりヘタな文章のほうが価値が高い、となるのです。

 

●もしダメなら勇気を出してリセットできるか?

 

 もちろん業種やその仕事の種類やTPO、お客さんが究極的に何を求めているかに寄るんだけど、人の心に響く、本当に人の役に立つ「プロの仕事」ってどういうものか、

 自分のスキルは今の状態、あるいは自分がより磨き上げようと指向している方向でいいのか、

 考え直す時代がきているのではないかと思います。

 

 そして多くは勇気を持ってリセットする必要があるのかも。

 


0 コメント

がんばって休む? お盆休み

 

 フリーランスの特権を活かして、お盆の頃の夏休みをずっと避けて生きてきました。

 このくそ暑い時期に混雑しているところに行くのはイヤだ。

 子どもがチビの時もこれを貫き通し、6月の夏休み、7月の夏休み、9月の夏休みもやってきました。

 しかし、この数年はそれがどうもうまくいかず、ほとんど勤め人の方々と同じスケジュールで動いてしまっている。

 

 今年は絶対ずらしてちょっと長い夏休みをーーと画策。

 レギュラーの仕事もお盆休み前まで引っ張らず、早く仕上げちゃおうという作戦も立てていたものの、他にもいろいろ入ってきて、ギリギリまでかかってしまっている。

 

 というわけで結局、今年の夏休みは週末の祭日から1週間となり、世間と丸かぶり。

 どっか行こうか、とも検討したが、混んでいると疲れるしね・・・ということで、結局、家で養生することになりそうです。

 

 人混みにはホント耐久性がなくなりました。

 昨日、ちらっと阿佐ヶ谷の七夕祭りに行っただけでも当たってしまった。

 でも、お勤めの人たちはこの時期しかないんですね。

 貴重なお休みを、家族で楽しく過ごすためにがんばらなくては……休むのにもがんばるというのはヘンなんだけどね。

 そして、休みが終わるとドドッと大波のごとく仕事が打ち寄せる。

 休みの間にその準備もしとかないと。

 

 皆さん、良い夏休みを。

 明日のためにたっぷり頭をナマケモノにしましょう。

 


0 コメント

船上のワーキング

 

  昨日、テレビでカリブ海クルーズのドキュメンタリーをやっていたのでチラ見しました。

 ドキュメンタリーと言っても旅番組っぽい気楽なもの。

 

 でかい客船なんだけど、大金持ちの豪華旅行という感じではなく、もっとカジュアルなもの。最初から見てなかったからよく分からないけど、庶民がちょっとがんばって奮発して1週間、家族で出かける、といったツアーのようでした。

 なんとなくお客さん(日本人はいなかった)を見ていると、ディズニーリゾートに来ているようなノリ。

 

 面白かったのは舞台裏で、いろんな乗船スタッフの仕事ぶりを紹介していました。

 

 厨房、クリーニング、ごみ処理、船上のエンターテインメント、船上公園の植物の世話など・・・動くホテルみたいなものなので、いろんな国籍の人たち・いろんな年代の人たちがいろんな部署で働いている。

 

 何か月も船内で生活しなくてはならないのでストレスもたまるのだろうけど、なんか船で働いている人って夢を持っているように見える。

 

 もちろんカメラが回っていたこともあるのだろうけど、彼ら・彼女らの表情はとてもキラキラしていた。

 同じ仕事をしていても、なんか陸上と違う。

 

 それを見て、そういえば昔、ロンドンから帰ってきてしばらく経ってから、一度「仕事で船に乗らないか?」と声をかけられたことを思い出しました。

 

 それは客船ではなく、確かどこかの島(日本近海)の工事の仕事をする船で、厨房のヘルプの仕事だったと思います。(ちょっと記憶あいまい)期間は確か半年程度だったと思います。

 

 その時はタイミング的にできませんでしたが、もしやっていれば話のネタになって面白かったなぁと思います。

 お客としてクルーズツアーもしてみたいけど、船に乗って働く経験って、チャンスがあれば一度はしてみたいなぁと、いまだに思っています。

 

 ‥と書くと、もうイメージの中で乗っているのです。

 おお、潮風の香り。波の音。白い航跡。

 ただ、ちょっと年齢的にもう遅いかな。

 


0 コメント

長く生きるのは、それだけで価値がある――と誰もが思えるように

 

 いつもやっている「月刊仏事」の仕事。今回は秋田・山形の特集。

 東北地方はどの県も宮城を除き、人口減少率・高齢化率が全国ワーストクラスという厳しい現実と闘っています。

 

 今回、両県の民俗資料を調べていたら、土葬をしていた時代の野辺送り(葬列)について詳しく書かれていました。

 

 秋田県小阿仁村(「マタギの里」として有名らしい)の資料では、大正時代、昭和30年代、昭和50年代と、3つの時代の事例が載っていました。

 

 ビジュアルがなく、文字だけなので、なかなか想像しづらいのですが、それでも比較してみると時代ごとの移り変りが分って、なかなか面白い。

 

 その中で「柳」というのがあり、これは何だろう?と思って読んでみると、こんな解説。

 

 柳とは亡くなった人が80歳以上の時、作るもので、小瓶に入れた酒や菓子を柳の木にぶら下げ、墓に行くまでに近所の人たちに取ってもらうのである。この酒を飲んだり、菓子を食べたりすると長生きできると言われている。

 

 小瓶に入れた酒や菓子を柳の木にぶら下げ――というのを想像してみると、東北という土地のイメージも手伝って、なんだか「遠野物語」のような、ジャパニーズファンタジーの世界が広がります。

 

 前回、福島・茨城の時も、長生きし、大往生した祝いとして、葬儀における銭撒き・餅撒きの風習があった(現在もわずかだが、ある)ことを発見しましたが、山形・秋田でも同じ趣旨の風習が伝えられていたのは興味深い。

 

 ビジュアルをイメージすると、まさしく「人生の卒業祝い」という感じがします。

 

 最近のお葬式ははなるべく目立たないよう、残されたごく親しい人たちだけでひっそり行なうことが主流になりつつあります。

 

 それはそれでいいのだけど、一方で、こうした卒業祝い的なセレモニーーー故人はこんな人生を送ったんですよ、という表現は、あったほうがいいのではないか、と思います。

 そんなにお金をかける必要はありませんが、できる範囲で。

 

 特に高齢で亡くなった場合。

 現代は80歳以上生きるのはごく当たり前になってきて、希少な価値は薄くなりました。

 定年退職して仕事から離れて久しい人、社会的な活動をしていなかった人だと、なおさらその価値は認めにくいでしょう。

 

 それでも長くこの世で生きて、大勢の人に影響を与えたことは尊重され、周囲の人たちによって何らかの形で表現されるべきなのでは、と感じます。

 生きるということは、たとえその人がどこにいても、どんな状況であっても、それだけの時間、出会った人たちの生に影響を与えているということなのだから。

 

 誰でも生きて存在している限り、誰かとつながり響き合っている。

 また、誰もがそのような意識を持って、自分が生きている意味と価値を感じられるような社会であってほしい、そうしたいな、と思います。

 


0 コメント

マインドマップを作る

 

 Mind Mapの開発者トニー・ブザン氏が来日した時にお世話役をやった友人が、以後、普及・伝道活動をしているというので、あるセミナーに呼ばれて習いました。

 かれこれ10年ちょっと前の話です。

 

 マインドマップを使っている人は多いと思いますが、僕はイマイチ使いこなせず、ある時、集中的にやるけど継続せず、やったりやらなかったりの繰り返しです。

 

 いろんな本が出ていて、

 「あんまり考えないで直感でパッパッと書いていけばいい。

 時間をかけてはダメ」

 という意見が多いのですが、僕の場合、どうしても時間が掛かってしまって、余裕があるときじゃないとできないのです。

 

 で、まぁ、ちょっと気が向いたのでまたやってみたのですが、やっぱりこれは面白い。没頭します。

 

 ヘンな言い方だけど、思考の整理と拡散が同時にできる。

 今回は創作のために、ここ数カ月いろいろメモ書きしたものを整理しようと始めたのですが、やっていると予想していなかった新しいアイデアが出てくる。

 

 また、べつべつに考えていたAの要素とBの要素がくっついたり、以前、畑違いの仕事で書いたことがこっちに入ってこいられるじゃん、となって、仕事というよりもだんだんゲーム感覚に、さらに色鉛筆を使うので、お絵描き感覚になってくる。

 楽しくなるので脳が活性化するのです。

 

 ただ、どんどんそうした新しく出てきたものを採り入れていくと、グチャグチャになって広がって紙からはみ出してくるので、何枚か書き直しをしなくてはなりません。

 

 それでようやく整理がついて、とりあえずの完成品――地図ができるというわけ。

 

 だけど完成させることに満足感を得過ぎると、それで終わってしまう。

 マインドマップは単なるツールなので、これを使って発展させていかないと何にもならない。

 これは今あるテーマの大俯瞰図ななおで、まず数日寝かせて、各柱別のマップをそれぞれ作っていく必要があるな、と思っています。

 

 どんなツールもそうですが、本当に活用できるものにするには、時間や労を惜しまず、もっとどんどん使い込んで、自分仕様にしていかないと見い出せませんね。

 


0 コメント

マンガ地蔵の金剛院で「笠地蔵」の哲学講座

 

●日本昔話と哲学

 

 かのマンガの聖地・トキワ荘跡に程近く、マンガ地蔵がある金剛院。

 

 お寺にいるお地蔵さんは雨が降ろうが雪が降ろうが心配ないが、山の峠道にいるお地蔵さんは雪が降ったら雪まみれです。

 

 それを不憫に思ったおじいさんが、自分が持っていた売り物の笠をかぶせてあげる。

 一つ足りなかったので、自分の被っていた笠を取ってかぶせてあげる。

 すると、お地蔵さんたちは感謝して、お米やお餅、金銀財宝を持って恩返しにやってくる。

 

 というのが、日本人ならおそらく誰もが知っている「笠地蔵」のお話。

 

 今回の「蓮華堂」でのイベントは、この「笠地蔵」を題材に、登場人物はなぜこうした行動を取ったのか、この物語に潜む人生に対する考え方は何か、といったことを解き明かしていく哲学講座でした。

 

●住職によるパネルシアターと講師・大竹氏の投げかけ

 

 哲学講座と言っても難解なイメージはまったくなく、親しみやすいもの。

 まず野々部住職がみずから「笠地蔵」のパネルシアターを上演。

 続いて、フランス現代思想を研究している作家の大竹稽氏が講師として登場しました。

 

 このおじいさんはなんで売り物の笠を、さらには自分の笠までお地蔵さんに差し出したのか?

 

 その話を聞いたおばあさんは、なぜおじいさんを赦し、共感することふができたのか?

 

 お地蔵さんはなぜバレないよう、真夜中にお礼を運んできたのか?

 

 そんな質問を参加者に投げかけます。

 

●笠地蔵における人生哲学とは?

 

 今まで当たり前に聞いていた「笠地蔵」のお話ですが、よく考えてみればおかしなことばかり。

 

 後からガッポリ報酬がもらえるのだとわかっていれば、寒いことぐらい我慢して、笠でも蓑でも長靴でも、なんなら着物やパンツまでもお地蔵さんにあげちゃっても割に合うけど、この時点ではそんなことはとても考えられない。

 

 この投資を回収できる確率は、宝くじの一等賞をあてるよりさらに低いのです。

 しかも宝くじとちがって、ヘタをすると命に関わる大きなリスクを伴うことになります。

 

 お話の中には書かれていないが、このじいさん、齢も齢だし、笠でも蓑をなくしてしまったら、途中、雪まみれになって行き倒れになってしまったかも知れない。

 

 なんとか家まで辿り着いたものの、ろくに火も炊けない貧乏なボロ家なので、風邪をひき、高熱を出して、生死のはざまを漂ったかもしれません。

 

 片やばあさんも、セールスに出たはずのじいさんが、売り物の笠は置いてくるわ、その上、雪まみれになって風邪をひいて死にかけるわ、看病までやらされるわ、そのあと働けなくなって、ますます貧乏になるわで、ふんだりけったり。

 

「この甲斐性なしのボケ、カス、オタンコナス」と詰りたくなるのが本音のはず。

 もう愛想が尽きて、できればこんなアホとは離婚したいと思っても不思議ではありません。

 

 それなのに「それはいいことをしたね」と、笑って赦してしまう。

 いい人ぶっているわけでもなく(こんなところでいい人ぶっても何の得もないし)、純心清廉少女がそのまま齢を取ってしまったかのようなキラキラぶりです。

 

 いやぁ、本当になんでなんでしょうね? 

 ――というやりとりを、およそ1時間半にわたって繰り広げました。

 

●和魂洋才の苦悩?

 

 大竹氏はフランスをはじめとする西洋思想の専門家ですが、西欧ではこうした日本の昔話はなかなか理解されず、もちろん醍醐味を味わうこともできないそうです。

 そうした日本と西欧の、人生や社会の捉え方を比較をしながら考えていくと、双方の違いがクリアに見えてきます。

 

 それと同時に、「笠地蔵」などの一種の妄想にも似た人生の美徳・価値観と、勝ち負けをはっきりさせる西欧流の合理的な考え方との間でブレまくってしまうのが、現代の日本人の悩みの元凶なのかなぁと考えさせられました。

 

●寺という空間

 

 大竹氏は日常から離れた、落ち着いた空間である寺院内で、こうした講座を行うことで、参加者がより自らを見つめ直せるのではないかともくろんでいるのだそうです。

 その狙い通り、金剛院と協力した今回の企画は、その狙い通り、より自由に言葉を交わせる講座になったと満足そうでした。

 

 道徳と死の問題に挑む大竹氏の哲学講座。

 そして金剛院におけるユニークな催し。

 どちらも今後ますます増えそうです。

 


0 コメント

マンガ地蔵の椎名町・金剛院のカフェとイベントホール

 

 かのマンガの聖地・トキワ荘跡に程近く、マンガ地蔵・マンガご朱印で話題の金剛院。

 これまでネット情報だけで紹介していたので、一度足を運ばねば、ということで先週土曜(3日)、イベントの取材で行ってきました。

ちょっと遅れてUP。

 

 懐かしの西武池袋線・椎名町駅の改札を出ると窓に山門のイラスト。

 そして、駅を降りれば、目の前に実物がドドンと登場。

 

 僕が西武線住人だった(20代の頃、江古田に長らく住んでいた)時代の記憶を辿っていくと、このあたりはめし屋とか飲み屋とかのお店がゴチャゴチャっと軒を並べていて、その奥になんかお寺みたいなのがあったなぁ・・・という、影の薄い印象でした。

 

 住職の話によると、その昭和的状態は、じつは僕がこの地域を離れて以降、20年余りも続いていたのだそうです。

 

 かねてから計画されていた道路の拡張・駅周辺の区画整理が実行されたのはわずか3年ほど前のこと。

 その時、金剛院も大幅にリニューアルし、現在の状態になったのだということです。

 

 ただし目の前にいきなり現れるのは、お寺のご本堂ではなく、めっぽうお洒落なカフェテラスです。

 お寺の境内のCafeというので、なんとなく線香臭いイメージを持っていたのですが、全然そんなことはなく、なんだか原宿とか青山あたりの裏通りにあるお店のようです。

 

 僕が行った時はまだランチタイムだったので、お客さんもいっぱい。

 入ってみたかったが、時間がない。

 今回は取材で来たので、目的地はこのカフェの2階。

 エレベーターで上がると、そこは多目的のイベントスペース「蓮華堂」です。

 

 市区町村の〇〇会館、△△地域センターといった施設の集会場といった感じ。

 10~20人くらいが集まるのにちょうどいい広さ。

 でも詰めれば50人くらいはは入れるかも。

 宗教色もほとんど感じさせない、清潔で親しみやすい空間です。

 

 金剛院は地域のソーシャルスペースをめざして、いろいろな団体を受け入れ、コミュニティを育んでおり、その活動・情報発信は質・量とも目を見張るものがあります。

 

 お寺のコンセプトは明瞭ですが、仕切り役の野々部住職は、それをことさら主張するわけでもなく、カフェとかバーのマスターみたいな感じで、鷹揚に構えてマネージメントしているようです。

 

 いわばその情報発信基地である「蓮華堂」で行われた、この日のイベントは「金剛院で希哲する――昔話から読み解く日本のことわり」で、おなじみの日本昔話「笠地蔵」を題材に、登場人物はなぜこうした行動を取ったのか、この物語に潜む人生に対する考え方は何か、を解き明かしていく哲学講座でした。

 その内容については、また明日。

 


0 コメント

脳が構築する「風味」:人間の食と世界観

 

●「風味」という名のイメージ調味料

  昨年の「ふるさとの食・にっぽんの食」のイベントで、出演者の講師(料理人)が話していたフレーズが印象に残っています。

 

 「料理の風味というものは家庭の食卓で作られる」

 

 最近、「食」に関する研究書を読んでいて知ったことですが、本当の意味での「風味」というのは実在しない。

 風味とは物理的なものでなく、脳の中で作られるイメージだというのです。

 

 僕たちが食べ物を味わう時、その食べ物が実際に持つ味・においの信号が、舌・鼻から神経を通って脳に伝えられます。

 そこで脳が信号を処理して、その食べ物の味・においを認識させるわけですが、この処理の段階でかなり複雑な操作が行われます。

 そこに絡んでくるのが「記憶」です。

 

 その食べ物があった食卓の情景――食事をした時間・空間、誰がいっしょだったのか、その人たちとどんな関係で結ばれ、どんなコミュニケーションがあったのか・・・

 

 といった環境すべてを含んだ要素で形成される、いわば、その食べ物を取り巻く「世界観」が入り混じって、ある種のストーリーを創り上げます。、

 そして、そのストーリーに対する感情・イメージが形成され、それが「風味」となるのです。

 

 僕たちは毎日・毎食、そうした「風味」という名のイメージ調味料をふりかけて食事をしているわけです。

 

 そうすると、巷で売られている食品に付される「風味」「風味豊か」といった言葉は、実際には「軽いにおい」と言い表すのが正解なのでしょうね。

 

●人間を人間たらしめる風味・におい

 この風味がないと食事はどうなるのか?

 それは単なる栄養補給行為になって、動物がエサを食べるのと変わりなくなってしまう。

 動物にはその味やにおいは感じられても、風味を感じられるわけではない。

 風味があるからこそ、人間は食を楽しめ、人間としての食事をできる。

 そしてまた、そこには自分の記憶・自分が存在する理由も含まれている。

 

 この風味を形成するために重要なウェイトを占めるのが「におい」ですが、事故などで嗅覚を失ったりする(においを感じる神経が損傷する)と、脳の中で「風味」を構築することができなくなり、食事を楽しめなくなります。

 

 そればかりか、自分の記憶・アイデンティティを失う危機に陥ると言います。

 

 イヌなど(および野生動物全般)は、嗅覚によって、自分がいる世界を認識すると言いますが、文明社会に生きる人間の場合も、それと同じことが言えそうです。

 

 ちなみに人間の嗅覚はイヌや、その他の野生動物より数段劣るというのが従来の説でしたが、最近の研究ではそんなことはなく、人間は一兆種類以上のにおいを識別できると言います。

 

 しかも脳内で記憶と結びつけ、「風味」に変換できるという、他の動物には逆立ちしても真似できない特殊能力も兼ね備えている。

 

●母の料理は超えられない

 そう考えていくと、単なる栄養学を超えて、幼少期の食育というのがいかに大事か、が分ってきます。

 ただ食わしておけばいいわけではないし、毎食ぜいたくなものを食べればいいというわけでもありません。

 

 そういえば、冒頭にご紹介した料理人の方は、戦前のお生まれで、子供の頃、家の台所ではまだかまどを使っていたとか。

 

 「長年プロとしてやっているけど、私の料理は、永遠に母の手料理を超えられない」とも言っていました。

 

 におい・風味・記憶――人間の食にまつわる世界は、底なしに深く、面白い。

 


0 コメント

茨城・葬式の撒き銭のルーツを探る

 

 この夏場所、残念ながら郷土の英雄・稀勢の里は途中休場してしまいましたが、依然として「ひよっこ」で盛り上がる茨城県。

 

 先日から茨城の葬式の「撒き銭」の話をしているのですが、お金だけでなく、お餅やキャラメルなどのお菓子もばら撒くと聞いて、子供の頃、お嫁さんの出る家で「菓子撒き」をしていた(昭和40年代の名古屋の話です)のを思い出し、アレと関係があるのかな?と調べたら、ビンゴ!

 

 民俗学博士である成城大学文芸学部の田中宣一教授の「祀りを乞う神々」という本。

 その中の一文「散米と撒き銭」に詳しいルーツが書かれています。

 

 もともと神道の打撒(うちまき)=散米(さんまい)に由来するもので、米を打ちつけて、ケガレや不幸をはらう風習なのだそうです。

 

 節分の豆まきと同じみたいですが、厳密に言うと、対象となるのは鬼とか邪気とかではなくて、ちょっと低級な神様。

 

 ここが「八百万の神」がいる日本らしいところで、神坐に鎮座する、いわば正式の神様とは別に、レベルの劣る、その他大勢の神様が、お祭りの時になるとうじゃうじゃ湧いて出てきて、お詣りするべき神坐へ向かう道をふさいでしまう。

 なので、「はらう」のではなく、撒くというラフな形でお米を「お供えする」――つまり、神様へのお供えのスタイルの一つというわけです。

 

 このお米が、お金・お餅・お菓子などに、下級の神様が、その地域の子どもをはじめ、民衆一般に転化し、「撒き銭」という風習になったとか。

 ちなみに神社の「お賽銭」も同じルーツを持っています。

 

 葬式で撒くのは、やはり長寿で亡くなった人が仏様=神様になったというお祝いの意味合いが強いようです。

 

 かなり端折って紹介しましたが、この「撒き銭」は、江戸時代には全国の広い地域で行なわれており、山岳信仰で富士山などにお詣りのために上る人たち、お伊勢参りに詣でる人たちなどは、その旅程で、撒き銭を期待する地域の子供らが寄ってきたとのこと。

 

 なんだか進駐軍に「ぎぶ・みー・ちょこれーと!」と集まってきた戦争直後の子供たちみたいだなぁ。

 そういえば、あれも一種の「菓子撒き」ですね。

 

 撒き銭をあげないと「ケチ」「ボケ」「カス」とののしられ、「途中で悪いことが起こるぞぁ」と、呪いまでかけられたそうです。

 まったくしょーもないガキどもだ。

 

 それにしても、いくら撒くのは小銭とはいえ、目的に辿り着くまであっちこっちでやっていたら、これだけで破産してしまいそうですね。

 それとも、ある程度のお金持ちじゃないとやらなかったのでしょうか?

 

 興味のある人は読んでみてください。

 

 しかし「葬式の長寿祝いの撒き銭」という形で、なぜ、とりわけ茨城に伝えられ、最近まで残っていた(今でも残っている)のか?

 そこのところはまだ謎のまま。

 

 「ひよっこ」には朝ドラなので、よもや葬式シーンは出てこないと思いますが、もし出てくるなら、ぜひ、この撒き銭をやってほしいものです。

 


昭和39年の奥茨城に電話はなかったけど、テレビと葬式の「撒き銭」はあった?のお話

 

●時代考証は〇か✖か?

 

  朝ドラ「ひよっこ」に対して、昭和39年の茨城の田舎に、テレビがあって電話がないのは、時代考証がおかしいのでは?という意見が寄せられているようです。

 

 イマドキの携帯・スマホの普及率・進化度から考えると、テレビより電話の歴史のほうが長いように思えますが、じつは逆。

 

 世に出たタイミングはともかく、テレビの普及率が、昭和34年の現・天皇陛下のご成婚を境にググンと急激に上がったのに対して、電話の普及率は遅々としていました。

 僕も自分の置き電話を購入したのは、やっと1980年のこと。

 電話網のインフラ整備に時間が掛かったり、7万円だか8万円だかしていた権利金の高さが普及のネックになっていたのでしょう。

 そういえば昔、電話ってテレビよりも財産価値が高い物でした。

 今ではウソみたいな話だけど。

 

 というわけで、 日本中、ほとんどの家に電話があるという状況になったのは、1980年よりもっと後のことなのではないかな。

 

 だから「ひよっこ」の主人公・ミネコの実家にもテレビはあったが、電話はまだなかったという時代考証は正しいのです。

 

●葬式の「撒き銭」の意味は?

 

 それで昨日の話ですが、この前・東京オリンピックの時代、県北部にある架空の「奥茨城村」にも葬式の撒き銭の風習は厳然と残っていたと思われます。

 

 僕がよく参考にする「日本民俗調査報告」の茨城編のページをめくると、現在の日立市や北茨城市の地域を調査した資料に

 

 「死者が高齢の時は、年齢を赤色で書いた投げ餅や小銭をまく」

 

 「出棺時に金と餅をまくが、80以上の人には門口で拾わせないで手渡すこともある」

 

 といった記述が見受けられます。

 

 こうした記述からわかるのは、この「撒き銭」という風習は、故人が長寿だった――大往生だったということの証であり、そのご祝儀を集まった人たちに配るということです。

 

 まさしく「人生卒業おめでたい」といったところでしょうか。

 だから同じように長寿の人には「あなたももうすぐだから」と、確実に手にできるよう、手渡しもするのでしょう。

 

 さらに調べていくと、「撒き銭」については、お祭り・宗教と合わせて詳しく研究している民俗学者がいるので、その人の書いた本ものぞいてみたところ、さらに面白いことが。

 長くなるので、これはまたto be continue。

 


●稀勢の里と「ひよっこ」と「撒き銭」でイバラキ人気 赤マル上昇中

 

 茨城県では葬式の時にお金をばら撒く。

 福島県では葬式まんじゅうとして、紅白まんじゅうが配られる。

 

 え、なにそれ?とリサーチ開始。

 

 次回の月刊仏事の「全国葬儀供養事情」は茨城県と福島県の特集です。

 

 茨城県は都道府県別魅力度ワーストワンという不名誉を背負った県。

 それはお気の毒に、県はさぞかしがっくり肩を落としていらっしゃるだろう・・・と思いきや、

それを逆手にとって「のびしろ率ナンバーワン県」と謳っている。

 

 なにしろ茨城には黄門様もいるし、納豆もあるし、梅だってきれいだ。

 でも、いつまでもそれに頼っていちゃあな・・・と思っていたら、

今年になって強力な援軍が現れた。

 

 久々の日本人横綱として角界人気ナンバーワン力士となった、牛久市出身の稀勢の里。

 そしてこの4月から始まった、有村架純主演、可愛い茨城弁満載のNHK朝ドラ「ひよっこ」。

 

 必殺ダブルカウンターパンチで茨城人気 赤マル上昇中です。

 

 ちなみに「ひよっこ」の舞台である「奥茨城村」というのは架空のもので、昔も今もそんな村は存在しないのですが、どうやら福島県に近い県北部がモデルのようです。

 

 そして、葬式でお金をばら撒く「撒き銭」という風習も、文献を調べるとこのあたりで長く行なわれていたことが書かれています。

 それがちょうどこのドラマと同じ、前・東京オリンピックの時代――昭和40(1960年代半ば)頃までのこと。

 その後の経済発展と都市化によって、こうした昔からの風習は急激に廃れていきました。、

 

 しかし希少ではあるけれど、ネット情報によれば今でもまだチラホラ残存しているようです。

 テレビで外国に移住した日本人妻が、その国の生活風習にびっくりしたことをレポートする番組がありますが、ここでも他県から来た奥さんなどが、そうした仰天レポートを載せています。

 そりゃびっくりするよね。

 なにせ人が死んだのに「「こりゃめでたい」と言って、来た人たちにお金をばらまくっていうんだから。不謹慎にもほどがある。

 

 ところが、この「撒き銭」、要は家の建築の時の上棟式や、結婚式などの時にやる「菓子まき」「餅まき」などと根は同じなのです。

 その話はちょっと長くなるのでまた明日。

 

 いずれにしても、稀勢の里と「ひよっこ」がもたらした千歳一隅のチャンス。

 この好機にどこまで人気を伸ばし、舞い上れるか?

 がんばれ、イバラキ!(イバラギではありません)

 


横浜・里山ガーデン 園芸アーティストの競演

 

 

 趣味の園芸フェアin横浜の第3弾をズーラシアの隣・里山ガーデンで開催。

 屋根付き野外ステージでやったのですが、とにかく暑かった。

 司会も出演者も汗びっしょりでした。

 

 

 今日の出演者・杉井志織さんと深町貴子さんは、それぞれハーブと野菜をテーマにトークしましたが、それぞれ自分のパフォーマンススタイルを持っていて、とても面白い。

 肩書は園芸研究家・園芸家だけど、「園芸アーティスト」みたいな言葉の方がぴったりくるかもしれません。

 

 こういう職域も「自分ブランディング」が大事、ということです。

 個人が、植物を生活全般に取り込むアイデアを提案したり、技術を教えたり、そのバックボーンになる思想を伝えるメディアになっているのです。

 今回の仕事を通して、園芸・ガーデニングの世界の広大さと奥行きを知りました。

 

 それに加えて「趣味の園芸」というテレビ番組の威力は大したものだなと思いました。

 視聴率はたいしたことないんだけど、50年もやっているという歴史の重さは、何物にも代え難い。そこで講師として出演しているのは、やっぱり大きなステータスになるのです。

 インターネットがもてはやされ、テレビ離れが声高に言われるようになっているけど、やっぱりマスメディアの力はバカにできません。

 

 今日は早朝からほぼノンストップだったので、舞台の写真を撮る余裕はありませんでしたが、ステージで使ったハーブの苗をお土産に頂いてきました。

 カミさん、大喜び。

 

 


ジャイアント馬場と大福とが創り出すアッポーな化学反応

 

●人生の最期に食べたいものは?

 新作「ばんめしできたよ」に向けて始動。

 その一環で「最後の晩餐」について調べてみました。

 

 「人生の最期に何を食べたいか?」というのは人気アンケートの一つらしく、サイト上にはいっぱい記事が載っています。

 ちなみにどこを見てもトップは「お寿司」。

 ま、わかりますが、わかりやすすぎてつまらない。

 

 僕もお寿司はフツーに好きだけど、そこまで特別なものか、執着するものかと言われると、そうでもない。

 

●父との最後の晩餐

 うちの父親は八年前に亡くなったけど、亡くなる1ヵ月ほど前(最後の2週間は意識がなかったので、2週間前と言えるかもしれない)、僕がいっしょに食べた最後の食事は「うどん」でした。

 

 うまく食べられないので、子供に食べさせるみたいに手伝ってあげたのですが、口からはみ出たうどんを、がんばってチュルチュルっと吸い込んだ時の映像が、いまだに頭の中に残っています。

 なんだかトンマで笑える光景でした。

 

 三島由紀夫は割腹自殺する前の晩に、取り巻きである楯の会のメンバーと、行きつけの料亭へ行って本当に「最後の晩餐」をやったらしいけど、覚悟を持ってそんなことが出来る人はそうはいません。

 多くはうちの父親と大同小異なのでは。

 

●馬場さんと大福

 もう一人、「最後の晩餐」と言えば、プロレスラーのジャイアント馬場さんです。

 馬場さんはテレビ番組で「人生の最期に食べたいものは何ですか?」と聞かれて「大福です」と答えました。

 

 ジャイアント馬場と大福という組み合わせは、「格闘家でありながら、人情味・ユーモア満載」というキャラクターとマッチして、忘れがたい印象を残しました。

 

 そう感じたのは僕だけでなかったようで、「ジャイアント馬場+大福」でネット検索すると、思いがけずたくさんの記事がヒットします。

 

 単なる思い出話だけでなく、なんと3年ほど前には、NHK Eテレの「グレーテルのかまど」というお菓子作りの番組で「馬場さんの大福」をやっていました。知らなかった!

 

 こういう話を聞くと、16文キックや椰子の実割りなど往年の格闘シーンや、芸人たちが物まねしたユーモラスなキャラクターと、ふくふくした大福のイメージが溶けあって、思わず「アッポ―」と叫びだしたくなるような、おいしい化学反応を起こします。

 


0 コメント

横浜・里山ガーデン ここでなら死んでもいい?

 

 横浜での「趣味の園芸フェア」も今度の日曜日・21日が最終回。

 前回・前々回と替わって「里山ガーデン」が舞台です。

 

 よこはま動物園のそばの山間に、自然の地形をいかした1ヘクタールの大花畑や、日本の里山の風景が広がっています。

 

 プロデューサー曰く、

 「ここでだったら死んでもいい」

 自然の祭壇ですか・・・( ´艸`)

 

 花畑はもちろんめちゃきれいだけど、こいのぼりの下でカエルくんたちがゲロゲロ鳴いているのも、「おお、にっぽんやな~」と、しみじみさせてくれます。

 

 そんなわけで交通の不便なところですが、天気の良い日は相当賑わっています。

  

 舞台は「ライフスタイルシンポジウム」と銘打ち、園芸家の杉井志織さん、深町貴子さんのトークショー。

 ハーブや野菜んお新しい楽しみ方を提案し、植物を採り入れて暮らしを豊かにしよう、といった話を展開します。

 

 で、今日はこちらで打ち合わせ。

 日にちがないので、ちょっと焦り気味に台本制作中。

 

 今回は招待客でなく、ぶらっときて。ぶらっとみられるスタイルなので、お時間あればどうぞお越しください。

 

情報はこちら➡http://yokohama-fair2017.city.yokohama.lg.jp/news/568/

 


0 コメント

西武ドーム消滅す

 

「メットライフドームってなに?どこ?」と思ったら、西武ドームのことでした。

 

 明日から始まる「国際バラとガーデニング展」の会場になっています。

 また再来週、横浜で「趣味の園芸フェア」の第3弾があるので、その出演者の園芸家との打ち合わせで、電車を乗り継ぎ、はるばるやってきたわけです。

 

 それにしてもここ数年、野球にすっかり興味を失くしてしまって、ろくに情報を入手しようという気がないので、球場名が変ったの、全然知りませんでした。

 どうやら今年からそうなったようです。

 ライオンズのロゴやユニフォームが変わったところまでは知っていましたが。

 

 ちなみに 駅は依然として「西武球場前」、チーム名も「埼玉西武ライオンズ」ですが・・・近々「メットライフ・ライオンズ」になるのかなぁと思ったりして。

 

 1980年代、SEIBUといえば野球は圧倒的に強く、最新カルチャーの発信源として、いろいろムーブメントを創り出していた。

 

 若い頃は西武線沿線住民ではあったけど、べつにライオンズファンではない、西武やセゾンの仕事をしたこともない。

 にも関わらず、一抹の寂しさが・・・。

  申し訳ないけど、「栄枯盛衰」という言葉が脳裏に浮かび上がってしまった。

 

 でも、一鉄道会社に戻る、というだけなのかな。

 それもまたよし。

 西武線利用者と沿線住民のためにがんばってください。

 

 


0 コメント

5月病は克服しない

 

 毎年GWが終わると、決まって耳に届くのが「5月病」の話題。

 ご存知の通り、新社会人や新入学した学生がかかる病気です。

 こんな美しい季節に気分がドヨーンとしちゃうなんて、もったいない。

 僕は経験したことないのでわからないけど、一体どれくらい深刻なものなのだろう?

 

 知らない強みで言ってしまえば、そんな病気にかかるのは、その仕事・職場なり、勉強・学校が自分に合っていない証拠ではないだろうか?

 そのアラームとして病気が出たのではないかと考えてしまうのです。

 

 どんな仕事・勉強だってストレスやプレッシャーはある。

 でも自分に合っていたり、大好きだったり、前向きに対処しようと思える状態なら、そんな病気にかかることはありません。

 

 ストレスにやられて5月病になってしまうのは、それが自分本来の希望に叶った道――仕事・勉強でないと、暗に心身が伝えているのではないかと思います。

 

 もしや、5月病患者の君は、誰か他の人の期待に沿うよう頑張らねば、と思ってやしないだろうか?

 たとえば親とか。

 

 最近は大学の入学式や会社の入社式にまで親がついてくるのが当たり前になっています。

 実際、1か月前にそういう光景を目にしました。

 

 表面的には微笑ましい。

 親は幸せそうで、誇らしげでもあります。

 でも君はどうだったのか?

 親孝行出来て満足だった?

 うん、きっとその時は。

 でも、1ヵ月経って落ち着いてくると、本当のきみの気持ちが頭をもたげてくる。

 

 一過性の、この5月だけの病気で済めばいいのいですが、本当にそれで終わりになるのか?

 本当は好きでもない学校・会社・仕事だけど、親は満足しているし、世間からもウケがいい。少々のストレスは付き物なんだから、おとなしく我慢するなり、心療内科で診てもらってやり過ごそう。

 そんなふうに考えているのではないだろうか?

 

 そうして我慢して頑張って、好きでもない、本当は望んでもいない仕事・生き方をして、それが習慣となっていくうちに心身には少しずつ「悪いストレス」が蓄積し、侵されていく。

 そして、人生面白くないなぁとブツブツ言いながら生活習慣として浸透していって、その結果が10年、20年先に、より深刻な病気となって出てくる可能性もある。

 現代病の多くは、そうした悪性のストレスが原因ですよ。

 

 5月病にかかってしまった人は、頑張って克服なんかしなくていいと思う。

 それよりこの際、病気に屈して静かにして、自分の心の声を聞いたほうがいい。

 そして、今後どうするかについて、自分に教えてもらったほうがいい。

 よし!と思えれば、そのまま会社も学校もやめてしまって構わない。

 

 そんなに早く方向転換できる機会が巡ってきたなんてラッキーじゃないですか。

 美しい花と新緑の季節が、そういうチャンスを与えてくれたんだと考えて、5月病を素直に受け入れ、未来の自分と向き合おう。

 

 

 

 


0 コメント

きみも一生に一度は着ぐるみアクターに。

photo:Mustafa Kürşad
photo:Mustafa Kürşad

photo:Mustafa Kürşad

●着ぐるみアクターの仕事

 

 世界の着ぐるみ状況はよくわかりませんが、日本は豊かな人形文化を持っている国なので、間違いなく着ぐるみ先進国だと思います。

 最近はご当地キャラクターを使った街おこし運動も活発になっているので、着ぐるみアクターのニーズもかなり高まっているのでは、と思います。

 「ディズニーでやった経験があります」なんて人は引っ張りだこなのではないかと推察しますが、どうでしょう?

 

 昨日も書いたように条件が厳しく、肉体を酷使する仕事です。

 「身長150センチ以下でバク中ができる人」とか、かなり無謀な注文も多いと聞きますが、待遇はいかがなものでしょうか?

 「単なる余興なので、ボランティアで」なんて言わないでくださいね。

 実際、大変なんですから。

 

●僕の着ぐるみ体験

 

 はるか昔ですが、僕もこの仕事をやっていた時期がありました。

 僕の場合は、イベントでなく、子供ミュージカルです。

 「ドラえもんの宝島探検」という芝居で、敵役の海賊の船長をやっていました。

 50cmくらいはある面、肩パットやおしりの肉を装着し、上げ底の巨大長靴を履いていたので、身長2メートルを軽く上回る大男。子供がビビりまくっていました。

 子供の目から見ると、本当に着ぐるみっで大きく見えるんですよね。

 

 僕の入っていた、その船長は、口がアクターの目の位置になる――つまり、口の中から外を見られるようになっていました。

 視界が限られている状態で芝居するので最初は相当不安感がありました。

 

 また、面の内側は顔に密着するし、全身に重たいヨロイをまとったような状態で演技したり、踊ったりするので、5分もやるともう汗だく。それだけならまだしも、密閉状態なので、すぐに息が苦しくなり、脳の中は酸欠状態で、やっている間中、頭真っ白です。

 終わったころには、真っ白だよ、真っ白な灰になっちまたっよ・・・ってな感じです。

 

 巨大長靴を履いている足も重くて、なかなか上げられないので、これは体力をつけないと、と思い、スポ根マンガのように、毎日、鉄下駄を履いてランニングしていました。

 

 トータルで1時間強の舞台だったと思いますが、1日2公演・3公演ある日もザラだったので、本当にあの時期はどれだけ飲み食いしてもやせる一方でした。

 1日終わると、いつも1ℓの牛乳やジュースを2,3本一気飲みしていました。

 

 そういう記憶があるので、今でも着ぐるみアクターの人――とくに元気にガンガン動ける人には尊敬の念を覚えます。

 

●一生に一度はチャレンジしたい

 

 そんなわけで大変な仕事なのですが、子供は喜んでくれるし、なんだか一時、人間社会から逸脱し、別の世界の生きものになったようで、奇妙な解放感が味わえて楽しいです。

 なんといっても、ありふれた日常に活力を与えてくれると思いますよ。

 

 「一生に一度は着ぐるアクターをやってみよう!」が、本日の僕の主張です。

 着ぐるみに入ったことのある人生と、ない人生とはこんなに違う!

 

 ・・・かどうかは、やってみないと分かりません。

 

 とくに若い人はチャンスに恵まれています。

 アルバイトでも何でもいいので、ぜひ一度、体験してみてほしいと思います。

 通常では発想できないちがう世界、ちがう自分が発見できるかも。

 

 中高年の人は残念ながら、そう簡単にチャンスはつかめない。

 いくらやる気があっても、体力に自信があっても、熱中症などで倒れられたら困るので、そうしたリスクを恐れる自治体や企業が雇ってくれないでしょう。

 

 なのでこの際、志望者は「ふなっしー」などを見習って、インディペンダントでやってみてはいかがでしょう。

 町内のお祭りとか、地元の商店街のイベントとか、学校の運動会の賑やかしとかに出演すれば、存在感絶大のスターですよ。

 

 どうですか?

 女も男も、老いも若きも、あなたも着ぐるみアクターになって、オルタネイトワールドへ。ありふれた日常を吹き飛ばそう!

 


0 コメント

着ぐるみアクターの世界

 

 「趣味の園芸」の番組放送中は出演者のひとり、ガ-デンベアさんのお付きをやっていました。

 

 この着ぐるみは派手に動き回ることを想定して設計されているわけではないので、あまり機能的とは言えません。

 

 中に入るアクターさんの身になれば、身体に比べて頭が異常にデカく、バランスが悪いので動きにくいし、視界もごくわずか。介添えがなしでは少し移動するのもひと騒動。着脱も大変でした。

 

 近年はやりのこうしたキャクターは、基本的にかわいいこと、子供に好かれることが売りなので、子供を怖がらせてはいけない。

 なので、基本的にあまり背を高くできない。

 

 というわけで、アクターさんにはできるだけ小柄な人が求められます。

 「身長150センチ以下で」ということになると、女性でないと入れません。

 小柄で女性であることが、今や着ぐるみアクター(アクトレス)の条件の一つとさえいえるでしょう。

 

 それにしても昨日などはまだましでしたが、これからの暑い季節は地獄の苦行になります。

 

 べつにダイエットなんかしていなくても、この仕事をやっていたら太りたくても太れません。ハンパない超肉体労働。

 それでもベアさんはしっかり記念撮影に収まったり、子供たちと遊んでいました。

 

 実は僕もやったことのある、着ぐるみアクターの仕事。1日やれば3キロやせること、請け合いです。

 


0 コメント

趣味の園芸フェア2nd 横浜ガーデンツアー

 

 趣味の園芸フェアの仕事で、今回も台本&演出。

 朝の生放送の後、港の見える丘公園内でガーデンツアーを敢行しました。

 

 今回のフェアで港の見える丘公園や山下公園の各バラ園を、デザインした白砂伸夫さんの解説付きで4つの庭を回りました。

 残念ながら、GWはまだバラの季節には早く、まだ三分咲き程度。

 先日、「GWは花盛り」なんて書いてごめんちゃい。

 ほんとの見ごろはやっぱり2~3週間先といったところ。

 

 白砂さんの「僕がデザインするバラ園は絵でなく、音楽なんです」という言葉が印象的でした。

 バラが咲いたその時点で止まっているのではなく、音楽のように時間とともに変わっていく。季節ごとに咲く花で表情が変わっていくという意味。なので、バラ園と言ってもバラだけでなく、季節に応じていろんな花が咲いて、1年を通して楽しめるようになっているのです。

 

 とはいえ、イングリッシュローズの庭も、香りの庭も、華やかなバラが主役であることは変わりありません。

 今月下旬から6月にかけてまた来たいな。

 


0 コメント

横浜のガーデンベアは花アフロ

 

 イヌじゃなくてクマです。

 頭がお花のアフロヘアになっているクマさん。

 花盛りの横浜に遊びに行ったら、山下公園には今回の緑化フェアのシンボルキャラクター「ガーデンベア」のでっかいモニュメント。

 絶好のフォトスポットになっていて、賑わっています。

  

 アフロヘアの花はぜんぶ本物!

 立体的な花壇になっていて、ユニーク&ビューティフル。

 


0 コメント

創造的な仕事をするなら眠らニャいと

 

 眠たいニャー。

 春眠暁を覚えず。

 にも関わらず、なかなかゆっくり眠る時間がニャい。

 

 昔は、眠る時間がない=それほど忙しい=売れっ子なので、必要とされる人間なので、いっぱい仕事をしている、という公式が成り立っていました。

 僕の上の世代の人たちは「寝ない自慢」が大好きで、「寝るのなんてもったいない」とか「人生のムダづかい」とか「死ねばいくらでも寝れるから」とか言っていました。

 

 僕は「そりゃちょっとないよな」と思いながらも、テレビなどで「24時間働けますか? ジャパニーズビジネスマン」なんて言われていたので、1日3時間睡眠でがんばっていた時期もありました。

 

 若くて体力バリバリの頃は、寝ずに頑張る経験もしたほうがいいと思いますが、さすがに今はそうはいきません。

 いったん睡魔に襲われると抗いがたく、頭がまったく回らなくなっちゃうし。

 そうなったらおとなしく睡魔くんに従って、躊躇することなく横になります。

 

 昼間なら15分、ないしは30分のシエスタ。

 夜ならそのまま眠って朝、早起きして仕事します。

 好きな時に寝て、好きな時に起きて働く。

 自宅ワーカーでよかった! まさに特権です。

 

 それに夜、4~5時間かけても書けなかった原稿が、その半分ほどの時間でスイスイ書けちゃう体験をしてしまうと、もうやめられません。

 一説によると、ある程度情報を仕込んでおけば、眠っている間に脳がオートマチックにそれを整理・構築して、起きたらすぐにできるよう、準備しておいてくれるとのこと。

 

 この睡眠作業を自在にコントロールできるようになれば、ぐんと仕事の質が上がりそうです。

 

 創造的な仕事をするためには、睡眠が必要だと言い。お金になる仕事を断ってでも、自分で研究して割り出した1週間の睡眠時間を厳しく守っている人もいる、と言います。

 

 可能性は脳の奥深くにある。

 眠りは疲れを取るとともに、そこにアクセスするチャンスを創り出す。

 未来への夢を抱いて、今夜も夢を見よう。

 

 というわけでグッドニャイト。

 


0 コメント

ゴールデンウィークの横浜はバラの花盛り

 

 横浜の「港の見える公園」に「横浜市イギリス館」というのがあります。

かつてのイギリス総領事館を横浜市が買い取った施設で、今では一般に無料開放されており、イベント用に貸し出しも行っています。

 

 昨年、このイギリス館の庭が「イングリッシュローズガーデン」としてリニューアルオープン。1年間養生して、今年はイングリッシュローズが150種・1200本のイングリッシュローズが花を咲かせています。

 

 ゴールデンウィークに、NHK-Eテレ「趣味の園芸」の生放送がありますが、その後に3月に続き「趣味の園芸フェアin横浜2ndステージ」として、このイングリッシュローズガデーンをはじめ、港の見える丘公園の花スポットを巡るガーデンツアーを行います。

 

 先日はその台本づくりのために出演講師とイギリス館の集会室で打ち合わせ。

 

 講師の白砂伸夫さんは、長崎のハウステンボスや岐阜の花フェスタ記念公園のローズガーデンを手掛けたランドスケープアーキテクト(景観デザイナー/プロデューサー)で、今回の都市緑化よこはまフェアの統括アドバイザーです。

 

 横浜は日本におけるバラの故郷とも言える土地で、明治初期からイギリス人がバラを持ち込み、西洋文化の象徴として、当時の日本人の心を強く捉えました。

 

 明治22年の日本帝国憲法発布式の会場には無数のバラが飾られ、出席者は皆、胸にバラの徴章を付けていたとのこと。

 天皇家の菊の紋章に対して、近代日本の新しい国家が西洋のバラで表現されたのです。

 

 白砂さんはそうした日本におけるバラの歴史や文化、横浜という都市との関係・ストーリーも研究し、日本人のバラのイメージ・固定観念を変えていくヒント・提案をしていきたいと、港の見える丘公園と山下公園に3つのローズガーデンを設計。

 

 これらのローズガーデンの設計思想は、今回のフェアのコンセプトと同源のもので、従来の資本による大規模建築による都市づくりから、生活者が花と緑を育て、いわば生活の底辺から広げていく都市づくりへのシフトを提唱しています。

 

 そうした情報を知って見るとさらに面白いと思うけど、それでなくとも街中、花盛り――特にこれからの季節はバラ――ですごく美しいと思います。

 ゴールデンウィークは横浜で思う存分花を愛でるのもいいかも。

 


0 コメント

「ありがとう」の思いを込めた動物供養は、世界オンリーワンの日本の文化

 

★ペット葬・ペット供養

 

 葬儀・供養業界の雑誌の仕事をしているのいで、その方面の話を聞くと、反応するようになっています。べつに信心深いわけではないのですが。

 

 最近、興味を抱いたのが、動物慰霊の話。

 人間の方は、お葬式をしないでそのまま焼場に送ってしまう直葬が激増。

 お葬式なんて形式的なものにお金をかけられない、という傾向が全国的に広がっていますが、その反面、ペット葬儀・ペット供養の件数は年々増え、手厚く弔うようになっています。

 

 これだけ聞くと、「人間より動物の方が大事なのか!」

 と怒り出す人もいそうですが、

 「その通り」とまでは言わないけど、

 日本のように動物の霊魂を認め、ちゃんと供養する文化を持つ国は稀少――というか、ほとんど唯一と言っていいようです。

 

★肉になる動物の供養:畜霊祭

 

 ペットの場合は心の癒し――いわば、精神の栄養になってくれるけど、肉体の栄養になってくれるのが、僕たちが毎日食べているお肉です。

 

 僕のロンドン時代の職場(日本食レストラン)の仲間にダテ君というのがいて、彼は高校卒業後、しばらくの間、食肉関係の会社に勤めていたそうです。

 

 そこでは必ず年に一度、「畜霊祭」というのを行い、自分たちが屠った牛や豚や鶏などを供養していたとのこと。

 

 もちろん、お坊さんが来てお経を唱えるし、参列者も喪服かそれに準じる服装をし、人間の法要と変わることなく、ちゃんとした儀式として行なうそうです。

 そして、社長など代表の人が祭詞を読み上げます。

 

 「人間のために貴重な命を捧げてくれて感謝の念に堪えません云々・・・」

 

 ダテ君の話を聞いたのはずいぶん昔のことなので、すっかり忘れていましたが、最近、この畜霊祭のことが書かれてある本を読んで思い出しました。

 

 さらにインターネットで調べてみると、びっくり。

 

 実際に屠畜に関わる食肉会社はもとより、家畜の飼料を作る会社とか、直接屠畜に関わるけではないところも、とにかく家畜関係のビジネスをやっているところは、みんな、こうした畜霊祭、牛供養、豚供養、鶏供養などを行っているんです。

 家畜のおかげで収入を得て暮らしていける。感謝してしかるべき。

 そういう考えかたなのです。

 その本の著者によれば、こんなことをやっているのは世界中で日本だけ。まさしく日本独自の文化。

 

★イルカもクジラも魚も、動物園も水族館も、実験動物も

 

 この話をすると、欧米人は信じられないとか、奇異な目で見て、嗤う輩もいるらしい。

 バカヤロ。

 彼らがよくやり玉に上げるクジラやイルカはもちろんのこと、「魚魂祭」といって魚の供養をするところだって全国津々浦々にあるのです。

 

 さらに言えば、9月の動物愛護週間には、全国各地の動物園で「動物慰霊祭」が行われるし、水族館ではやはり魚魂祭が行われます。

 

 そして実験動物も。

 マウスやモルモットをはじめ、動物実験を行っている研究所・医療機関も動物供養を行っています。

 

 僕たちは割と当たり前だと思っているけど、こうした施設においてちゃんとした動物供養をする国も、どうやら世界で日本だけのようです。

 

★敬虔な気持ち、感謝の心に基づく文化

 

 だから日本人は立派だ、という気はありません。

 ナナメから見れば、いくらでも批判できます。

 

 ペット業者も食肉業者も動物園も、みんな商売の一環でそうしているんだ。

 他のところがやっているから右へ倣えでやってるだけだ。

 実験動物だって、一部の動物愛護家がうるさいからだろ。

 カタチだけで魂なんかこもっちゃいない・・。

 とも言えるかもしれません。

 

 でも、そうした命や自然に対する敬虔な気持ち、哀れに思う気持ちと感謝の心に基づく文化があることは確かだし、知っておいたほうがいい。

 そして機会があれば、外国の人にも伝えられればいいと思うのです。

 

 少なくとも、畜霊祭や魚魂祭のこをおかしがって嗤う輩に

 「クジラやイルカを殺して食うとは、かわいそう。日本人はザンコクだ」

 なんて言われたくないよね。

 

 


0 コメント

新聞少年絶滅物語2:まかない付き・住み込みOK職場の光と闇

 

 新聞配達・新聞少年の話は、小説・エッセイ・映画などの中でよく登場します。

 作家の田口ランディは、若い頃、新聞販売所で「まかない婦」のアルバイトをしていたそうで、その体験談を自分のエッセイで書いていました。

 

 そうか、新聞屋さんというのはまかないがあるんだ。

 たぶん朝刊を配り終えて帰ってくると、ほっかほかのごはんとお味噌汁が出てきて、

みんなそろって「いただきまーす!」とがっつく。

 そして新聞少年はそのまま学校へ。いや、一度家に帰るのか?

 さすがに子供じゃ住み込みはしてないよね・・・。

 

 そんな昭和ロマンに思いをはせつつ、現代の求人広告を見てみると、驚いたことに、いまだに「住み込みOK」「賄いつき」という文言を目にします。

 

 そうでしたそうでした、事情で家がなかったり、部屋を借りられなくても、住み込みや賄いつきで働けるのが新聞販売店の特徴。

 新聞少年につられて、つい牧歌的でノスタルジー漂う昭和世界(なんとなくドリフのコントや吉本新喜劇の舞台にもなりそうだ)を連想してしまいますが、その反対に文学の世界では、新聞にまつわるネガティブな話もさんざん描かれています。

 

 上の方(新聞社)もいっぱいスキャンダルがあるけど、話を末端の新聞販売店・新聞配達に絞れば、そこで働く人たちははぐれ者として描かれ、ワケありの過去を持つ人物がウヨウヨ。

 いわばブラック業界、ダークサイドの職場というわけです。

 

 そうした環境にいるうちに、元気で明るく、健気だった新聞少年は、齢を重ねるごとに屈折し、何やら暗い影を背負った大人になっていきます。

 

 「なんで人が新聞読むか知っているか?

 記事を見て、ああ、世の中にはこんなに不幸な人、気の毒な人がいっぱいいる。

 それに比べれば、私たちはずいぶんましだ、幸せだ。

 そうやって安心するために読んでいるんだよ。

 新聞のいちばん大きな役割は、そうして人を安心させ、社会を安定させることなんだ。

 それを家まで配達している俺たちは、多大な社会貢献をしているんだぜ」

 

 高校の頃に、小説の中に登場する新聞屋さんの、こうした皮肉にあふれたフレーズに初めて出会った時、ああ、世の中、甘くないんだ。そんなシビアな見方もあるのかと、僕は衝撃を受けました。

 さすが小説を書くような人は違うな、すごいなと感心したものです。

 

 ちなみにこのフレーズ、表現の微細なところは異なっているけど、同じ意味の文章・セリフを、何本もの小説、エッセイ、映画などで散見しています。

 パクリなのか何なのか分からないけど、それだけ読む人の記憶に残るフレーズです。

 

 インターネット普及以前は、情報源のキングとして、社会に君臨していた新聞。

  もちろん、速報性という面では後発のテレビやラジオに後れをとっていましたが、

その深度と正確さはそれを補って余りあるもの(と思われていた)だし、何と言ってもメディアの大先輩。

 だから人々の信頼も厚く、従って社会的地位も高く、大きな顔をしていられました。

 

 そうした表の顔が輝かしい分、裏面の闇は深く、フィクション・ノンフィクションに関わらず、新聞にまつわるネガティブな話がさんざん描かれるようになったんでしょうね。

  

 子供の仕事から大人の仕事になった新聞配達。

 やはりいずれはロボットだか何かの仕事になるのだろうか。

 あと数十年したら、アトムみたいなロボット少年が新聞を配っているかもしれません。


0 コメント

メディアにおけるメールを利用した取材について

●取材先を選ぶ

 

 レギュラーワークの鎌倉新書「月刊仏事」の連載企画「全国葬儀供養最新事情」は、地方への取材がメインなので、もっぱらメールでやっています。

 

 どんなネタを選んで構成するか、要するにその月の企画は一任されているので、まずインターネットでいろいろキーワードを打ち込んでヒットするサイト、および、そこから関連して出てくるサイト・ブログを片っ端から見ます。

 

 それで読者のニーズに叶った、興味深い組織・企業・個人を取材先として選び、電話かメールで取材の趣旨を説明。同意が得られれば取材に取り掛かります。

 

●なぜ相手はメール取材を選ぶのか

 

 取材方法はメールで質問項目を作り、それに対して電話かメールでご回答いただきたい、と提案します。

 すると、10人中9人はメールでの回答を選びます。

 

 電話取材のほうが所要時間は少ないのですが、20~30分かかるので、これも日時の拘束があるし、トークに自信のない人は、口頭で言いたいことをうまく伝えられるかどうか不安を覚えるからでしょう。

 それなら自分で納得できるよう、じっくり回答を考えられるメールで・・・ということで選択するのだと思います。

 

●みんな取材慣れしてきた

 

 これだけメディアが発達し多様化すると、皆さん、取材を受けるメリットがあると分かっていても、それに対しての光栄度というか、喜び・ありがたみなどはどうしても薄れます。

 小さなマイナーメディアが相手では、忙しい中、ちょっとやそっとでは時間を割いてくれません。

 

 これは遠隔地の取材だけでなく近場でも同様で、こちらが「ご都合のよう時間に合わせます」と言っても、特に小さな会社や個人の場合は、渋ることが多くなりました。

 見知らぬ取材者と直接相対するのは緊張するし、抵抗感を覚えるのでしょう。

 

 そうした時、メールはとても有効です。

 面と向かうと、緊張してなかなかうまく人とやり取りできなくても、メールでなら優れたコミュニケーション能力を発揮できる人は大勢います。

 また、ある程度文章表現が得意な人なら、メールの方が自分の考えをより正確に、より深く伝えられる――と考えるようです。

 

●メール取材の工夫

 

 なので、メールでも充実した取材になるよう工夫しています。

 

 たとえば仏事の「地域の葬儀社に訊く」のメール取材は、基本的にどこも訊くことは共通なので、同じフォーマットを使いますが、少しだけ、その会社・個人あてのピンポイントの情報や質問を入れます。

 

 たとえば、なぜ御社・あなたを取材対象として選んだのか、きちんと理由を書く。

 創業〇十年の老舗だからとか、逆に若いフレッシュな会社だからとか、女性の社長だからとか、プロフィールが興味深いとか、です。

 ブログ記事の感想もできれば書き、そこから質問につなげていくこともできます。

 

 そうしたことに手を抜かずにやると、読む相手もすんなり質問を受け入れられ、メール上でのコミュニケーションが円滑に進みます。

 

 ただ円滑過ぎても面白くないので、必ず質問の中に引っかかるところ――相手が考え込まずにいられないところを作っておきます。

 質問の並べ方・構成にもストーリーが必要です。

 そうしたことを意識して作ると、直接面会する取材よりも良い回答を引き出せるケースも多いのです。

 

●記事の完成

 

 ちなみに回答をもらっても、そのまま記事にするわけではありません。

 その回答を膨らませ、自分の解釈・解説も付け加えたりしながら原稿を作り上げ、それを取材相手に送って確認してもらい、完成させます。

 

 もちろん大きな規模の特集記事の場合、その場所の空気を伝える必要がある場合、写真撮影・動画撮影が伴う場合は、現場へ赴き、面会します。

 現場取材、直接のインタビューによって得られる細かいニュアンスは、なかなかメールの文面だけでは出てきません。

 

 しかし小規模なレベルの仕事だと、もはや「メールじゃ良い取材はできない」なんて言っていられません。

 

 メールを使ってちゃんと相手の意見やアピールを引き出しつつ、読者がその取材対象者をよりよく理解できるように誂えるのがプロなのだと思います。

 


0 コメント

「ポッカサッポロ商品成長記」完成


 TOKYO PLANNINGさんから頂いた仕事で、ここ半年あまり取り組んできた飲料メーカー「ポッカサッポロ」の商品成長記が完成。無事納品しました。

 

 ポッカコーポレーションとサッポロ飲料は4年前に統合。

 社内でプロジェクトチームができ、互いの前身のことをよりよく知ろうということで、この本を制作しました。

 基本的には社内報のBOOK版ですが、トータル160頁で、かなりのボリュームになりました。

 僕はポッカレモンなどのレモン製品、缶コーヒー、スープ、バラエティ商品、製造技術、海外事業、業界人座談会など、約90ページ分を担当しました。

 

 ポッカは1950年代から80年代にかけて、日本の飲料業界をリードしてきたメーカーで、画期的なこと、クリエイティブなことをたくさんやってきました。

 

 かのポッカレモンは昭和20年代の名古屋・栄広小路で小さなバーを経営していた創業者が発案し、町工場で試作を重ねて作ったもの。

 日本初(ということは世界初)の缶コーヒーを作ったり、それを売るためのホット&コールド自販機も開発しています。

 また、缶コーヒー用の焙煎技術や、スープの造粒化(粉末でなく、顆粒の微細なツブツブにする)技術などに関してもパイオニアでした。

 

 片や、おみくじソーダや占いコーヒー、プリンシェイク、ふってゼリーにする飲料など、遊び心あふれる面白ドリンク商品もここがオリジナル。

 輸入事業や海外事業にも早くから積極的に取り組んでいました。

  

 じつはポッカが名古屋の会社だったということは、この仕事で初めて知りました。

 名古屋近辺には面白い会社、ユニークな会社がたくさんあるようです。

 名古屋出身者として、ぜひ、他のところでもこうしたものを作って、その会社ならではの「しごとストーリー」を書いて発信してきたいと思っています。

 

 このポッカサッポロの本は社内用ですが、面白い話・役に立つ話は、また折にふれ、ご紹介していきますね。

 


0 コメント

人形が幸せになれる国ニッポン

 

 先日、「仏事」の仕事で和歌山の清掃会社を取材したときのこと。

 その会社は仕事の半分以上が、遺品整理や生前整理、そして独居老人が亡くなった後の家の清掃などをやる、いわゆるデスケア関連の会社です。

 

 和歌山というのは高齢化の先進県で、人口全体に対する高齢者の割合が全国第6位。

 近畿地方ではナンバーワンとのことで、この数件、家の中を整理したいという高齢者が激増しているのだとか。

 デスケア業界で言う「生前整理」のニーズに応じて、このビジネスに参入する業者も増えているとのこと。

 

 そこでかなりの割合で出てくるのが、お人形さんです。

 この季節、父・母から子へ、祖父・祖母からかわいい孫へ、立派な五月人形が贈られます。少し前なら、もちろん、女の子を寿ぐひな人形が。

 

 これらの華やかな人形たちは、最初の数年は家の中ですごい存在感を放つのだけど、子供が大きくなるとともに、だんだんその存在感が薄れていきます。

 

 そして気が付けば、子や孫は大人になり、人形たちは楽屋の隅に引きこもった役者のように。

 ましてや子供が出て行ってしまった家では、こういっちゃなんだけど、ちょっと邪魔者になってしまう場合が多い。

 

 そんなわけで、その会社では生前整理の仕事を受けていると、2~3ヵ月ほどの間に倉庫に人形があふれてしまうのだそうです。

 

 スピリチュアルなんて信じないという人でも、やっぱり人形は「ただのモノ」としては扱えません。

 みんな多かれ少なかれ、口には出さないまでも「これ魂入ってる???」と考えてしまう。

 ポイとゴミ箱に捨てるわけにはいきません。

 

 じつはこの会社の近所には「淡島神社」という、人形供養で全国的にも有名な神社があります。

 長い間、家族の物語を育んできた人形たちはその役割を終えて、ふるさとの家をあとにし、しばしの下宿暮らしを終えたのち、生前整理屋さんの車でこの神社に辿り着きます。

 そして厳かに供養され、安らかな眠りにつきます。

 

 淡島神社に持って行ってもらえると聞くと、親御さんたちも安心して手放すことが出来るのだそうです。

 ここだけでなく、こうした場所が全国津々浦々きちんとあるということは、人形にとって幸せなことなのでしょう。

 子供にとっても、親にとっても、きっと。

 

 最期にちゃんと行き着き、安らぐ場所があるから、安心して人形が作られ、売り買いされ、魂が入り、人形の文化が豊かになったのかなぁ、キャラクター文化につながっているのかなぁと思ったりしています。

 


0 コメント

近江路の桜と庶民の仏像

 

●お寺の数日本一の滋賀県

 

 レギュラーワークの鎌倉新書「月刊仏事」の仕事では、毎月の業界ニュースと、隔月の「全国葬儀供養事情」という連載企画を担当しています。

 

 後者は全国47都道府県の葬儀の風習や伝統、ビジネス状況や終活事情などを紹介するもので、現在、調査・執筆しているのは「滋賀県」の巻。

 

 じつは滋賀県は10年ほど前、他の仕事で長浜市近辺に半年ばかりの間、よく通ったことがあるため、親しみを持っています。

 

 奈良・京都に比べると一般的な印象は薄いと思いますが、お寺の数はこの両県をしのいで日本一。

 仏像・神像の数もトップクラスで、仏教美術の宝庫でもあります。

 

 かの白洲次郎の奥さんだった白洲正子さんも観音様などの仏像・舞狂美術を訪ね歩き、いくつもの紀行文・随筆を書いています。

 

●庶民が守り育てた仏教文化

 

 奈良・京都の場合、仏教は時の政治権力と根底で結びついており、そこから派生する文化も、貴族などの支配階級が深く関わっていました。

 

 それと比べて滋賀県における仏教文化の特徴は、その地に住む村人たち、つまり庶民が守ってきたということ。

 奈良・京都に比べて今一つ地味な印象で、注目されづらいのは、そのためなのかも知れません。

 

 庶民が仏像などを守ってきたことにはちゃんと理由があります。

 

 滋賀の旧称は近江。

 江とは「うみ」のことで、うみに近い場所。

 この「うみ」とはもちろん日本最大の湖・琵琶湖のことです。

 琵琶湖という静かな海の向こうに、政治の中心地である京都があったため、宿命的に近江一帯は歴代の権力闘争の舞台になってしまいます。

 

 最もひどかったのは安土桃山時代で、この一帯の人々の暮らしは、信長や秀吉など、権力を獲得せんとする近隣諸国の武将たちにさんざん蹂躙され、翻弄されました。

 

 そうした暴力に対して無力な庶民は、仏様に救いを求めるしかなく、日々の生活の中でごく自然な信仰心が育まれたのだと思います。 

 

 滋賀に通っていた頃、そんなエピソードが残るお寺、戦火の中から人々が救い出した仏像の話をいくつも聞きました。

 

 また、そんなストーリーを胸に収めながら歩いた長浜郊外の観音様巡りは今でも心に残っています。

 

●情報化社会がもたらす混乱

 

 今回、葬儀社さんなどに話を聞くと、このような文化背景があるせいか、滋賀の人たちは冠婚葬祭に関してかなり保守的で、昔の習俗にこだわる人が多く、お寺も長年大事にされてきたせいか、生活者との関係改善に関心を持たず、いまだに上から目線のところが多いとか。

 

 しかしそれでも、最近の葬儀の小規模化・低予算化、さらには葬儀不要論などの時代の新しい潮流には逆らえません。

 情報の送り手である葬儀社やお寺、受け手である生活者ともども相当混乱にさらされているようです。

 

 「仏事」の取材は残念ながら現地取材はできず、電話とメールで事実関係の調査をがんばって、あとはそれをもとにイメージを膨らませるのですが、記事を書いていると、近江の観音様がまた会いにおいでと手招きしているような気持ちになります。

 

 近江路はきっとまだ寒いだろうけど、桜はもう咲いているのだろうか。

 


0 コメント

花いっぱい・春いっぱいのミナト横浜

 

 カミさんと「全国緑化フェア・イン・ヨコハマ」へ。

 お花見にはちょっと寒い日でしたが、山下公園も港の見える丘公園も花いっぱいで春らんまん。

 でもまだ序の口という感じ。

 これから暖かくになるにつれ、どんどん花があふれてきます。

 とくにバラの咲く季節になったらすごそうです。

 

 大型連休には前回好評だったNHK-Eテレとのタイアップイベント「趣味の園芸フェアin横浜」の第2弾の台本・演出のお仕事もやる予定です。

 


0 コメント

「オナラよ永遠に」完成

 

 1月にお知らせしたオナラ小説「オナラよ永遠(とわ)に」を予定通り、3月中に完成させました。

 

 ふざけた話を原稿用紙220枚分、まじめに楽しく書けたので自己満足。

 あらすじは以下の通りです。

 

 

 オナラをテーマに展開する、愛と笑いとメッセージを載せたSF+ファンタジーテイストの少年少女小説。

 小学五年生の小松救太郎は、ぬきうちテストの最中にオナラをし、クラス中からいじめられる。

 じつはそのオナラの真犯人は隣の席の水城ユリカ。

 彼は憧れの女の子の失敗をかばっていたのだ。

 しかし、ユリカはお礼を言うどころか、よけいなおせっかいだと救太郎をきびしく攻める。

 

 その日、家に帰った救太郎は奇妙な白昼夢を見る。

 そこに登場するのは、二十六世紀からやって来た、オナラで音楽を奏でるプータローというキテレツな男。

 

 この男の話では、五百年後の世界では人間はオナラをしない生き物に進化。そのせいでストレスがたまり、心の病が蔓延しているという。

 そして救太郎こそが、失われたオナラを取り戻すための救世主だと伝え、彼とユリカがラブラブになることで、人類がオナラを取り戻し、不幸な歴史をやり直せると説明する。

 

 救太郎は、潔癖症でオナラを軽蔑するステージママである母親のプレッシャーにユリカが苦しんでいること、

 また、人類からオナラを奪おうとする謎のヘビ魔女が彼女に取りついていることを知る。

 ヘビ魔女との対決や、秘密警察から逃走するプータローとの交信を通じて、ついに自分の力で未来を変えることを決意する救太郎。その方法はユリカのオナラをかばった日にタイムスリップでもどり、二人のよじれてしまった関係を修復するということだった。

 

 はたして彼はユリカの気持ちを変え、オナラを失った未来の人類を救うことができるのだろうか?

 

 一応、児童文学の新人賞に応募したので、落選したらホームページの1コンテンツとして公開予定です。お楽しみに。

 


0 コメント

お寺や葬儀社の地域貢献事業

 

 鎌倉新書の仕事をやっていると、お寺や葬儀社の取材をしたり、ネットなどを通していろいろ情報を仕入れます。

 

 こうした葬式に関わるところは、何やら辛気臭いイメージがまとわりついていて、できればあまり関わり合いになりたくない、という人が多いでしょう。でも最近はそんなイメージを脱却すべく、一肌脱いで頑張っている会社やお寺も増えています。

 

 いちばんわかりやすいのは地域のコミュニティづくりへの貢献です。

 「お寺の集会場で地域の子供会のクリスマスパーティー」といった、ツッコミどころだらけの、笑える日本的カオス宗教企画が、僕たちの子供の頃には多々ありました。

 それが最近、あちこちで復活しているのです。

 

 たとえば、お寺の施設を利用したカフェ、ヨガ、書道、珠算などの教室、説法会、保育所、コンサート、演劇など、さまざまなイベント。

 

 また、地域密着を謳う一部の葬儀社なども持ち前の能力を活かして、商店街や町会などと提携したイベントを行っています。

 これらはもちろん、ボランティアか、それに近い貢献事業で、志ある住職や社長が真剣に(でも楽しんで)取り組んでいます。

 

 商店街から人影が消え、町会や自治会にも人が集まらなくなり、子供や若者が少なくなって、深刻な地域崩壊の危機に直面しているところは、どんどんどん増えています。

 

 こうした問題に取り組む際、学校や行政の公的機関だけに頼ってしまうのには抵抗があります。

 みずから自由を放棄して、お上の指示を仰ぐような形になってしまうからです。

 

 そういう時に、お寺や協会などの、日常生活に溶け込んだ宗教施設の存在感や、気軽に相談できる、イベント・セレモニーのプロフェッショナルが頼れる助っ人として浮かんできます。

 

 言い方を変えれば、お寺や葬儀社は潜在的な文化力・情報発信力を持っており、その気になればとても活用できる部分、(お寺や葬儀社の立場からは)役立てる部分が大きい。

 

 逆にいえば、お寺や葬儀社は、人々の寺離れ・葬儀離れを嘆く前に、自分たちの社会的役割を改めて考え、自分たちのできること、役に立つことを明確にして、なるべく自然な形でそれをアピールする方法を模索していくべきではないかと思います。

 


0 コメント

おいしいお米ができましたイベント

 

 この週末はイベントの仕事3連荘。

 土・日はNHK敷地の「ふるさとの食 にっぽんの食フェア」の現場に出向き、「おいしいお米ができました」と題したJAブースで、お米マイスターの「おいしいお米の食べ比べ講座」や、トーク&クッキングショーの進行・演出を担当しました。

 

 演出と言っても、台本を書いてしまった後は、基本的に出演者にお任せで、あとはスタートの時間や試食の料理を出すタイミングの合図を出しているだけです。

 

 「おいしいお米の食べ比べ講座」は昨年に引き続き、原宿の隠田商店街でお米屋さんをやっている五つ星マイスターの小池理雄さんが出演。4種類の米を食べ比べるなんて、ふつう家ではできないので、参加した人にとっては貴重で贅沢な体験になりました。

 

 トーク&クッキングショーはE-テレ「きょうの料理」の講師をやっている料理研究家の枝元なほみさんと、司会の後藤繁榮アナの「ゆるゆるコンビ」が出演。ほとんど漫才みたいな掛け合いで笑いを取っていました。

 

 後藤さんはダジャレでこれだけ笑いを取れるのだからすごい。

 

 枝元さんの大根を油で揚げる料理はぜひ作ってみたい。

 

 司会者の中には台本どおり・原稿どおりにしかできない人もいれば、ほとんど無視して自分流にやってしまう人もいるけど、後藤さんはそのあたりのバランスが最高です。

 

 オンエアに関係ないイベントの時は、かなり崩してしまうのだけど、実はちゃんと流れを抑えていて、肝心なところは台本から離れないでやってくれる、気持ちのいい司会者です。そのあたりはさすがNHKアナ(ちなみにもう退職されたので立場はフリーです)。

 

 このイベントはただ飲み食いするだけでなく、地震や台風による自然災害などの被災地農家の応援という趣旨があり、メッセージボードにはたくさんのメッセージが貼りつけられました。

 

 「そういえば3・11忘れてた」という人たちも、「忘れたフリをしていたい」という人たちも、何か刺激されるところがあったようです。

 


0 コメント

趣味の園芸フェアinヨコハマ1st

 

 今日はNHK-Eテレ「趣味の園芸フェア」の公開収録&トークショーで横浜の「港の見える丘公園」へ。

 ここに来たのは、おそらく20数年ぶり。そういえば、横浜に遊びに来ることんなんてなくて、ミナトヨコハマという雰囲気はすごく久しぶりに味わいました。

 今日もべつに遊びに来たわけじゃンんだけど、ここだと遠くでボーッと船の汽笛が聞えたりして。 「ああ、ヨコハマ~」と、ちょっぴり感動。

 

 仕事の方はこの公園のフランス山地域に作られた「遊ガーデン」3月26日放送分の現場で、朝からリハーサル、午後からお客さんを入れて本番。

 

 途中、思ってもみなかった通り雨で撮影中断するわ、プログラムの順番がぐちゃぐちゃになるわで、予定調和を超越した、野外ロケ・イベントの醍醐味たっぷりの現場になりました。

 

 番組収録後、「趣味の園芸・遊ガーデン」6人の講師の皆さんのトークショーをやったのだけど、これがなかなか面白かった。

 オンエアとちがって制約がなく、自由におしゃべりができるので、皆さん、とてもいきいきと自分お仕事について話していました。

 さすがプロフェッショナルだけあって、植物・動物に関する知識の深さは素晴らしい。

 

 台本書きだけのつもりだったけど、人手不足につき、イベント部分のディレクターもやることになってしまいましたが、無事こなせてホッ。

 

 緑化フェアの期間は花がいっぱいで楽しそうだし、この春は何度か横浜に遊びに来たいと思っています。

 


0 コメント

宅配便問題:インターネットハイウェイはロボット社会へまっしぐら

★ドライバーはひとり四役

 

 宅配便の問題をめぐるニュースを見ていると、インターネットのハイウェイははまっすぐロボット社会につながっているぞ、と感じます。

 

 現場を知る者にとっては、やっと改善の時が来たか、という感想。、

 要再配達の品物は、現場の用語で「持ち戻り」というけど、印象としては毎日1割以上はあります。(報道では2割以上。地域差があるので、全体として見たらまあそれくらいはいくかも知れないと思う)。

 

 SD(サービスドライバー)は、運転、力仕事(荷物の中には30㎏におよぶ米とか、20ℓ以上におよぶペットボトルの水だとか、家電製品、機械の部品、タイヤなどもある)、接客業、事務処理と、一人四役をこなさなくてはなりません。

 

 朝8時に営業所に出勤して、最終の配達は夜10時までかかる。

 最初のうちは、昼・夜のシフトに分かれているのだろうと思っていたけど、基本的には一人のSDが丸1日、受け持ちの地域を回っています(週に1度くらい分かれていることもある)。

 

 正確な勤務体系は知らないけれど、それが結構、連日あって、休みはおそらくせいぜい週休二日程度。相当なハードワークです。

  

 時間指定がありながら留守だったりすりゃ頭に来るのは当然。

 

 

★膨大な人力の上で成り立つネット通販事業

 

 話はSDに限ったことでなく、それにプラス、集積センターなり、地域の営業所には、仕分けスタッフや事務処理スタッフなど、宅配便には膨大な労働力が投入されているのです。

 

 

 ネット通販の場合、利用する側にとっては、スマホやパソコンの1~2秒の操作一つで、家まで欲しい物を持ってきてくれる。

 中にはアマゾンなどの通販会社から自動転送されてくると思っている人もいるでしょう、きっと。

 

 その裏にそれだけの人力が必要とされているなんて、夢にも思わない。

 

 ちょっと前まで報道は、ネット通販企業のアイデア、システム、サービスを絶賛していました。

 よくぞこれだけのものを考え出し、実現した。えらい!  インターネット\(^o^)/と。

 

 が、それは宅配便システムというインフラ、さらにそれ以前の道路・交通網、輸送車両の充実という大前提があってこそ成り立つ話です。

 

 

★めんどくさいからロボットにして・・・と思うでしょ

 

 インターネットの普及したデジタル社会は、プロセスが見えず、スタートポイントとエンドポイントしか見えない点の世界。

  どんどん周囲の人間に対する想像力が失われていく世界でもあります。

 高速道路と同じでいたん乗ったら、降りるところまで、その旅程の景色はほとんど見られないのです。

 

 おそらく半分以上の人は報道を見て、

 「そうやな、配達の人に迷惑やな。マナーを守らなあかんな」

 と思うより先に

 「なんだよ、めんどくせえなぁ。こっちは忙しいんだよ。金払って買っているんだから、宅配のことぐらいで面倒かけるなよ」と思ったことでしょう。

 

 便利さに慣れちゃうと、人間、横着になります。

 面倒だから、宅配便なんて早くロボットがやってくれるようにならないかなと考えるようになっても、なんら不思議はありません。

 

 

 これだけ普及すると、多くの人にとって、もはや宅配便のない生活は考えられません。

 ならば現場のシステムを変えるしかない。

 ロボット技術が普及すれば、真っ先に採り入れたい事情が企業にはある。

 

 そして、おそらくそれはそう遠い未来のことではありません。

 とにかく人手不足なので。

 ネコの手もロボットの手も借りたいのです。にゃあ。

 


0 コメント

結婚式・葬式:セレモニーはドラマであり、人生のストーリーを形にするツール

 

●お葬式をあげるかどうか

 

 仕事でお葬式を取材したり、お葬式に関する話を聞くことが多くなりました。

 最近は家族やごく親しい身内だけ、人数も1ケタからせいぜい20人以内でひっそりと故人を送る「家族葬」、また、斎場などを使わず、昔ながらにあえて自宅でお葬式をする「自宅葬」が増加傾向です。

 

 これとともに「葬式なんて要らない」という考えで、亡くなったらそのまま火葬場へ直行する「直葬」も急激に増えています。

 

 「死んだら終わりや。葬式なんぞに金をかける必要なんてあらへん」

 

 もちろん経済的事情は大きいと思います。

 

 それと同程度に個人主義が巷に浸透し、そんなに人に気を遣わなくていい、世間体を重んじる必要はない・・・という考え方の人が増えたことも要因でしょう。

 お葬式が形骸化し、虚飾的と捉えられることも少なくありません。

 

●結婚式は増えている

 

 これに対して、結婚式の方は増加傾向です。

 「結婚式をやりたい」という考え方のカップルが増えている。

 昔のように、ゴージャスに、お金をかけて・・というわけではありませんが、一時期、ジミ婚が増えて、結婚式なんかやらないのがトレンド、という感じになった時期と比べれば、だいぶ変わっています。

 

 ただし昔と違うのは、それが家とか親のためでなく、自分たちのために、になっていることです。

 

●セレモニーの効能

 

 結婚式はセレモニー。セレモニーはドラマであり、ストーリーです。

 心の中で思っているだけでは形として実を結ばない。

 いくら素晴らしい脚本を書いたとしても、実際にそれが上演されなくては意味がないのです。

 

 わたしの人生のストーリーを描きたい。ちゃんとそれを形にして体験し、残したい。

 

 若いカップル(中には熟年カップルも)にはそう考える人たち(特に女性)が僕たちの世代より増えているもでしょう。

 

●自分の結婚式の話

 

 かれこれ22年前のことですが、恥ずかしながら、僕は結婚式(正確には披露宴)を2回やりました。

 1回目は東京で洋館を借りてハウスウェディング。

 これはもちろん自分で費用を出して、脚本・演出も自前でやりました。

 

 2回目は名古屋のホテルで。

 親に、ぜひ実家の方でやってくれと言われ、費用も親が出しました。

 これにはちょっと抵抗しましたが、断り切れず、これも親孝行かなと思って、なかばしぶしぶやりました。

 

 しかし22年後、父が亡くなり、母が老い、その時出席したおじやおば、父の友人らも大半がこの世を去った今、ふり返って考えると、自分たちのためにも、家族や友人のためにも、やってよかったなぁと思えてくるのです。

 

 なんというか、その時にいろいろな人との関係性を再確認できたという感じ。たぶん、あの時会わなければ、その後もずっと一生会わなかっただろうなという人たちも結構います。

 

 人生にはストーリーが必要です。

 それを形にするのに、セレモニーを行うのは安易な手段かも知れないけれど、可能であればやっぱりそういう機会はあった方がいいと思うのです。

 

●本当に必要ないと自分軸で考えているのか?

 

 「家族に負担をかけるし、葬式なんてやる必要ない」という人も多いですが、お葬式は基本的になく故人のためのものではなく、遺される人たちのためもの。

 

 亡くなって2~3日でバタバタと葬式を出すのは大変なので、その後の、いわゆる「お別れ会」でもいいのですが、何か形にする機会がないと、関係のあった人たちにとっても寂しいし、心残りのではないでしょうか。

 

 そう考えていくと、「葬式はいらん」というのはちょっと傲慢だし、遺される人たちへの思いやりに欠ける気がします。

 

 セレモニーを拒否することについて、それなりの信念を持っているのなら、それはそれで立派です。

 

 しかし、たんにトレンドだからとか、やらないほうがなんとなくカッコいいからとか、あるいは、〇〇さんや△△先生が「あんなもの必要ない」と言っているからとか・・・

 そんな他人軸的な理由でやらないと言っているのなら、考え直してみてはどうでしょうか。

 

 結婚式にしても、家族のお葬式にしても、「やればよかった」と言っている人は割と多いと聞きます。

 

 あとから後悔しないためにも、自分にとって、あるいは周囲の人たちにとって、そのセレモニーに意味があるのかないのか、自分軸で考えよう。

 

 


0 コメント

イベント台本:趣味の園芸inよこはま、ふるさとの食・にっぽんの食

 

 来週末は連続でイベントがあるので、その台本づくりに追われています。

 

 一つは10日(金)の横浜・港の見える丘公園。

 

 1年前からNHK-Eテレの「趣味の園芸」で毎月1回、「遊ガーデン」という企画をやっていますが、この日は今月末放送の回の公開収録と、その関連イベントとして、トークショーをやります。

 番組出演の6人の講師が、園芸・ガーデニング・植物栽培に関するいろんなお悩みに応えます。

 また、番組に出演している三上真史さんが月末から始まる「横浜緑化フェア」のご紹介をします。

 「ガーデンネックレス」という愛称がついていて、横浜の街中に花があふれる3か月間の催し。すごくきれいだと思います。

 

 観覧者を募集したら6倍の競争率になったそうで。

 席はないけど、立見・遠巻きでは見られるので、横浜の人や横浜に遊びに来る人はお散歩がてらどうぞ。お金もかかりません。

 

 

 もう一つは11日(土)・12日(日)の渋谷NHK放送センター。

 「ふるさとの食・にっぽんの食」という一大フェスティバルで、その中のJA全中ブースで「クッキング&トークショー」をやります。

 

 こちらはNHK-Eテレの「きょうの料理」の講師と司会の後藤アナが出演。来場の人たちにごはんと料理を提供します。

 また、お米マイスターの講座もあって、いろんなごはんの食べ比べをやります。

 

 こちらも無料なので、渋谷に来たらお昼で食べに寄ってみるといいかも。

 春めいてきて今日はいい感じですが、来週もあったかくて天気がいいとと嬉しいのですが。

 


0 コメント

船村徹さんの告別式:またひとつ昭和にさようなら

昨日はまた鎌倉新書のウエブサイト「いい葬儀」の取材で、船村徹さんの告別式に行ってきました。

 

https://www.e-sogi.com/magazine/?p=8310

 

「昭和歌謡の大作曲家」ですが、正直、いまいちピンときません。

 もちろん知っている歌もいくつかあるし、「王将」は子供の頃の愛唱歌でしたが。

 僕を含むメディアの取材陣にとっては、数ある情報の一つですが、

 

 ところが、それは若い世代(僕はべつに若くありませんが)の話。

 団塊の世代以上の人たちにとっての船村さんは、僕たちにとってのサザンオールスターズにも匹敵する存在です。

 

 会場の外に集まっていたファンの皆さんにマイクならぬ、ICレコーダーを向けると、よくぞ聞いてくれた!という感じで、いかに船村さんの曲が素晴らしいか、いかに自分たちがその歌を愛しているかを熱く語ってくれました。

 

 昭和歌謡の大作曲家は、僕を含む現場のメディアの取材陣にとっては、数ある情報の一つですが、彼らにとっては自分の人生とともに生き、自分の心を歌にしてくれた、かけがえのない存在なのです。

 

 皆、ひとしきり話すと一様に「これでまた昭和が終わっちゃうねぇ」と寂しそうでした。

 

 もう平成になって30年近くたつけれど、彼らの中ではまだ昭和は終わっていない。

 昭和文化を創った著名人たちが一人ずつこの世を去っていくたびに、ひとつずつ、ゆっくりと昭和は終わっていくのです。

 

 


0 コメント

藤村俊二さんの「献花の会」 おヒョイと逃げても味になる

 

 昨日は鎌倉新書の仕事で、先日亡くなった藤村俊二さんの「献花の会」の取材に行ってきました。

 

 祭壇は白とグリーンに統一され、献花はすべてカスミソウ。

 カスミソウが藤村さんの人生のテーマになっていたようです。

 

 俳優なら目立ちたい精神がないはずはないのですが、自分は真ん中でバラのように目だって咲き誇る存在ではないと悟り、そこを掘り下げたところに、藤村さんの成功の理由があったように思います。

 

 わきで目立たないからこそ却って目立つ、とても軽いのにすごい存在感があるという、あとにも先にもない、突出した個性を身に着け、自分のポジションを守り通しました。

 

 そうした生き方は、若い頃、日劇ダンシングチームのメンバーとして1960年代の欧米を巡った時に、欧米のダンスのレベルの高さに圧倒されて、「おれにはムリだ」と、その道を断念した――という一種の挫折と関係していると思います。

 

 「逃げるな」「あきらめるな」とよく言われますが、一度志したその道を究められる偉大な人など、ほとんどいない。

 また、そんな偉大な人だらけになってしまっては、世の中、息苦しくてしようがない。

 

 要はその逃げ方・あきらめ方の問題。

 はた目には愛称通り、ヒョイヒョイと生きてきたように見える藤村さんだって、どこ立ち位置を置くか、どうすれば自分が輝けるか、その部分ではすごく葛藤し、闘ってきたのだと思う。

 

 「闘う」なんて暑苦しい言葉は、藤村さんに似合わないけどね。

 

 好きなことしたい。でも生活していかなきゃいけない。

 そのはざまでみんな生きて、自分の人生をつくっていきます。

 

 藤村さんの挫折は、当時は逃げとか、あきらめとか言われたかも知れないけど、時が満ちればそれは、かけがえのない「経験」となり、最終的には俳優としての、おいしいスパイスになって、おおぜいの人を楽しませてくれたのだと思います。


0 コメント