昭和レトロの商店街と 平成以降の日本の大学の存在意義について

 

取材で横浜の東白楽にあるお寺を訪問。
このあたりは箱根駅伝で有名な神奈川大学があるエリアで、
普段はお隣の白楽駅と併せて
大勢の学生でにぎわうようです。

 

その神奈川大学、けっこう大きな敷地の大学なのですが、
住宅街の中にあって、見つけるのにけっこう苦労しました。

 

その学生さんご用達のお店が並ぶのが、
白楽駅から続く六角橋商店街。

ここではこれからの季節、
「ドッキリヤミ市」とか「商店街プロレス」などのイベントが

行われるらしい。
面白そう。

 

たしか同じ横浜の野毛の商店街でも、
大道芸祭が行われていると思いましたが、
横浜では商店街を盛り上げる企画が盛んなのでしょうか。

 

それにしても首都圏界隈では
なぜか大学近くの商店街は昭和レトロなところが多い。
大学生が賑わいを作るから、
昭和のままでもやっていけるのか?

 

それもあると思うけど、昭和と大学の親和性が高いのかも。

 

そもそも日本における大学が
昭和の時代までのものだったんじゃないの?
っていう気がします。

 

ぶっちゃけ、もうあんまり大学の存在意義ってない。

平成以降の大学って、就職あっせん所でしかないんじゃないか?

 

卒業して10年も20年もローンを
払い続けなくてはならないほどの
高い学費を払っていく価値がどれだけあるのか?

 

若者をスポイルするだけの施設になってないのか?

 

それよりも早く社会に出て、お金もらって勉強して
その傍ら、インターネット大学で勉強したほうが
よっぽど効率的だと思うのですが。

 

たぶん、これからそういう時代になると思います。
昭和レトロの商店街には元気に生き続けてほしいけど。

 

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永遠の昭和 明日のための60's~70's

 

★14歳の脳の地図

子どもの脳からおとなの脳への移行が完了する。
それが14歳。
だから人は人生を14歳の感性で生き続ける、という話があります。

 

僕は1960(昭和35)年の生まれなので、
10代がそのまま1970年代です。
14歳だったのは、1974(昭和49)年で、
この頃はロックばかり聴き、音楽雑誌を読み耽っていました。

 

だから脳がそのころ見聞きしたもので構築されている。
今日もレッド・ツェッペリンのライブを

聴きながら仕事しています。
最近はYouTubeでいろいろな音源が出ていて楽しめます。

 

1960~70年代のカルチャーをリアル体験していることは、
下の世代から見ると、すいぶんうらやましいことらしく。
平成生まれ・サブカル好きの息子などは
時々「親父はいいなぁ」と呟きつつ、
かの時代の小説や映画やマンガに現をぬかしたりしています。

 

★不滅の昭和イメージ

べつにノスタルジーな話をしよう、
個人的な思い出を語ろうというのではありません。

 

元号が平成から令和に代わって間もなく1年。
その前の昭和の時代、昭和の感性は
人々の心から遠ざかっていくのだろうと思っていましたが、
どうもそんな気配が感じられません。


それどころか、これからますます昭和の価値、
60's~70'sの価値が見直されるのではないかという気がします。

 

ブームが去り、それは文化になる。

 

他国についてはよくわかりませんが、
少なくとも日本において、
いわゆる昭和レトロに対する追憶と憧憬は、
一つの歴史を作ってしまいました。

 

大きなエポックは2008年に公開された
映画「ALWAYS 三丁目の夕日」――
この映画自体が、西岸良平のノスタルジーを追う漫画が原作――

でした。

 

しかし僕の印象ではその前の、
20世紀末ごろからすでにブームは始まっていました。

 

おそらく1995(平成7)年の
阪神淡路大震災とオウム真理教の地下鉄サリン事件、
そしてその後立て続けに起こった
神戸児童連続殺傷事件など一連の少年犯罪。
こうした社会を震撼させた事件の数々が、
人々の脳の奥に染み付き。
大きく影響しているのだと思います。

 

あのころから日本の社会全体が
不気味な色をした海を漂流しだした気がします。

 

★いいところをかき集めて

そこで多くの人たちの心のよりどころになったのが、
「イメージの中の昭和」でした。

 

「イメージの中の昭和」は、実際の昭和とは異なり、
戦前の20年間や最後の10年間ぐらいは範疇に入りません。

 

戦後の復興期からバブルが始まるまでの30年間――
だんだん豊かになってきたけど、まだそこかしこに
貧しさが残っていた時代を指します。

 

今から比べると、物質的・経済的な面でも、
社会制度的な面でも各段に貧しかった。

 

貧乏人はまだ多く、情報は少なく、人権意識は乏しく、
男尊女卑は激しく、障がい者はあからさまに差別され、
日常的に暴力や危険がはびこり、
古いしきたりで個人個人は可能性を縛られていた。

 

健康に関する面もひどく、新型コロナウィルスよりも
よほど恐ろしいコレラや赤痢などの感染症が数々あり、
公衆衛生もなっていなかった。

 

僕も子どものころに使っていた自宅のトイレ、学校のトイレ
(トイレと言うより便所と呼んだほうがふさわしい)、
駅や公園の便所などは、二度と使いたいと思いません。

 

社会は確実に良くなった。
少なくとも昭和に比べれば、安心で、安全で、便利で、快適に、
楽しく暮らせる社会になった・・・はずだった。

 

それなのに、どうして人々は昭和を愛おしむのか?
それもリアルタイムで体験している僕たちだけでなく、
映画やマンガや小説や音楽でしか知らない
平成の子どもたちまで。

 

もちろん、それはいいところのイメージのかけらを
かき集めているだけなんだけど。

 

★劇的な世界の変貌と僕たちの不安

新型コロナウィルスの蔓延によって、
世界は大きく変貌しようとしています。

 

少し以前からAI化・ロボット化社会への移行が
話題になっていましたが、
僕を含め、多くの人は
10年、20年かけて徐々に進むのだろうと
何となくイメージしていました。

そうでなければついていけない人々が大勢出るからです。

 

ところが、今回の新型コロナウィルスの世界的大流行。
これが大きなきっかけになって、
AI化・ロボット化は劇的に進捗する予感がします。

そうでなければ今後の経済活動がおぼつかないからです。

 

オフィスの仕事は在宅勤務、いわゆるテレワークが主体になる。
リアル店舗はAIの導入によって、

無人化・キャッシュレス化が進む。
飲食店の現場のサービスはロボットが主役になるかもしれない。

飲食や日用品以外――
ネットでは注文できない品物のリアル店舗は激減するでしょう。

 

ヨーロッパの社会から

キスやハグの習慣が消え去るとは思えないけど、
リアル空間におけるスキンシップ、

Face to Faceのコミュニケーションは、
かなりの割合でバーチャル空間におけるそれに

差し換えられるでしょう。
5年後、今ある街の風景は大きく変わっている可能性があります。

 

社会はますます安心で安全で便利で快適になるに違いありません。
けれどもそれと引き換えのように、
“かけがえのない何か大事なもの” が圧倒的に不足してゆく。

その不足のために、僕たちの中には日々、

小さな小さな、それこそウィルスのような微細な不安や恐怖、
ストレスが入り込んでくる。

 

拭っても拭っても、塵のような不安と恐怖とストレスが
毎日どんどん降り積もってくる。

それによって心を病む人、生きる自信を失う人も
ますます増えるかもしれません。

 

★昭和文化によるライフスタイルの補完

圧倒的に不足してゆく何か大事なもの、
僕たちのたましいを蝕むものの正体はいったい何なのか?

今のところ、僕にはよくわかりません。

 

ひとつ分かるのは、
イメージの中の昭和が、
そして、60's~70'sに生まれたカルチャーの数々が
圧倒的に不足してゆく何かを補ってくれるのではないか、
不安や恐怖やストレスを和らげたり、
治癒したりしてくれるのではないかということです。

 

AI化・ロボット化社会へ移行していく今後は、
昭和のあの時代に生まれ、育ったものが
人間の未来全体にどんな意味があるのか?
分析し、再発見し、解釈し、リメイクし、
新しいライフスタイルの中でどう生かしていくのか
考える時代になるなのでしょう。

 

昭和も、60's~70'sも一つの歴史になり、文化になった。
未来のために、あの時代、あの場所を心の地図として、
何度も見直すことになるのかも知れません。

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生涯現役 還暦新聞少年

 

新聞少年が活躍していたのはいつ頃までだったのだろう?

 

そんな疑問に駆られたのは、今日、近所の100円ショップの
セルフサッカーコーナーで、こんな注意書きを見たからです。

 

「新聞紙は陶器を買ったお客様が使うものです。
それ以外の方がお持ち帰りするのはご遠慮ください」

 

つまり、買ったお茶碗などを包む緩衝材代わりに
置いてあるに、タダだからと何枚も持って行っちゃう人が
大勢いるらしいのです。

 

気持ちはわかります。
新聞紙ってあるとけっこう便利。
割れた陶器やガラスなどを包むのにも使えるし、
食器の油汚れなども拭き取れる。
子どもの学校でも図画工作などの時間で
かなり用途があります。

 

しかし。


こんな100円ショップの古新聞を持ち帰っちゃうってことは、
今、家の中に日常的に新聞がある家庭、
すなわち、新聞を購読している家庭が
めっちゃ少なくなっていることの表れなのではないか。

 

そもそも新聞の目的は

ガラクタの包み紙でも、汚れ落としでも、

子どもの図画工作用でもない。
情報を得る、ニュースを読む、
社会で何が起きているのかを知るためのものでした。

 

テレビやラジオと共存していた時代は、
速報性では劣るが、より深くその情報を吟味・考察するためには
新聞は不可欠なツールであると、
僕たちは教えられてきました。

 

その常識がインターネットの普及によって崩されてしまった。

かくいう僕も、前の家に引っ越したタイミングで
購読をやめてしまったので、

もう14年前に新聞を読む習慣を失ったことになります。

 

新聞を毎日読んでいるということは、
一種の知的ステータスの部分もありましたが、
もはやそれもなくなった今
(というか、もう20年近く前からなくなりつつあった)
月に4000円だか5000円だかの購読料を払って読もうという人は
激減してしまったのです。

 

ということは新聞配達員も消えゆく職業。
調べてはいませんが、かつては街の中いたるところにあった
配達所はどんどんなくなっているのではないでしょうか?

 

昭和の時代、て新聞配達は少年や若者の仕事。
その職場である配達所は、そんな少年・若者のために、
まかないが出たり、住み込みで働かせてくれるところが
たくさんありました。

たぶん、団塊の世代の人などは
小中学生の頃にアルバイトでやっていたという人も

多いのではないかと思います。

 

僕が小学生の頃(昭和40年代)は、

そうした新聞少年が活躍していていた末期の時代かもしれません。

 

確かクラスで2~3人はやっていたし、
僕も夏休みなどにその友達を手伝って、
販売所で牛乳やジュースやお菓子をもらった記憶があります。

 

また、あまり経歴を問われないので、
わけありの経歴を持つ社会のはぐれ者たちが
集まってくる職場として、

小説や映画の舞台の一つにもよく使われました。

 

いまや絶滅の危機にさらされる販売所で仕事をするのは、
最近、年寄りばかりという話です。

還暦をとっくに過ぎた、かつての新聞少年たちが、

サケのように生まれ故郷に回帰しているんでしょうか。

 

どう考えても労働条件はあんまりよくないし、賃金も安いはず。
それでも元新聞少年たちにとっては、
若かりし頃が思い出せて、ありがたい職場なのかも。

 

こうやって現在の通販→宅配と同様、
わざわざ店まで買いに行くのでなく、
家まで配達してくれる底辺の労働者がいたから、
日本の新聞ビジネス、新聞文化は栄えてきたのでしょうね。


それにしても“生涯現役”というとカッコいいけど、
要は“死ぬまで働かなアカン”という時代がもう来ています。


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モスラが繭を作り、ギャオスが巣を張った東京タワーは、地方出身者にとって 愛すべき&憎むべき東京のシンボルなのだろうか?

 

●東京タワーの誕生日

12月23日は今年から天応誕生日ではなくなったが、

依然として「東京タワーの日」であり続けている。

 

昨日、年に一度の東京タワー詣でに行った。

この足もとのお寺に、

10年前に亡くなった友達のお墓があるので、

毎年、12月の命日あたりに墓参りに来るのだ。

 

その友だちは50で死んだが、

東京タワーはもう還暦を過ぎた。

昭和33年(1958年)12月23日竣工。

61歳におなりだ。

 

後輩の東京スカイツリーに高さも人気も

追い越された感が強いが、

まだまだ引退というわけにはいかない。

 

●金の卵と東京タワー

前回の東京オリンピックの頃、

地方から集団就職で上京してきた「金の卵」たちにとって、

東京タワーは、いまだにかけがえのない

東京のシンボルであり続けているはずだ。

 

僕はさすがにその時代のことは知らないが、

バーチャルの世界で、東京タワーが多くの人にとって

いかに巨大な存在かを思い知らされた。

 

●神のモスラ、悪魔のギャオス

昭和の時代、映画の中でこの塔はモスラに繭を作られた。

平成の時代になると、今度はギャオスに巣を張られた。

 

いずれのシーンも、そのあまりの美しさが、

特撮映画ファン、怪獣映画ファンの間で、

令和になった今も語り草になっている。

 

他にも映画だかテレビの中で、

いろいろな怪獣の攻撃目標になっていた。

 

それら、人間社会にとっての破壊と

神とも悪魔ともつかない

モンスターにとっての誕生のシーンは、

この都市に限りない愛着と、果てしない憎悪という

二律背反の思いを抱く、

地方出身者たちの心の中を映し出しているように思う。

だから東京タワーは、

彼らが、僕らが生き続ける限り、

シンボルであり続けるのだ。

 

●東京タワーが抱かせてくれる幻想

少なくとも新参者で、まだ7歳のの東京スカイツリーに

そんな幻想を被せる人はあまりいないだろう。

積み上げられた時間の差、刻み込まれた歴史の差は

いかんとも埋めようがない。

 

僕も地方出身者なのでそう感じるのだろうか?

東京タワーに特に愛着があるわけではないけれど、

年に一度、ここを訪れるたびに、

そんな妄想に取りつかれてしまう。

 


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酒・タバコ、やめて100まで生きたバカ:2019シガーバー&愛煙家通信編

 

★JOKERはチェーンスモーカー

先日、「JOKER」について書いたが、

あの映画の舞台・ゴッサムシティは

明らかに1970年代のニューヨークをモデルにしている。

 

世界一繁栄を誇る、と同時に、

世界一荒廃したこの都市の

底辺生活者の代表でもある、

主人公アーサー、のちのJOKERは、

ひっきりなしにタバコを吸い続ける

チェーンスモーカーだ。

 

アメリカで猛烈な禁煙運動が起こるのは、

その後、80年代に入り、

レーガノミクスという経済政策

(アベノミクスのお手本)が始まってから。

 

1970年代までの喫煙習慣は、

世界中の近代国家で、

明らかに一つの屹立した文化を形作っていた。

昭和までの日本も、もちろんその例外ではない。

 

僕より上の年代の人たちの中には、

ごくまともでも、

アーサーみたいなチェーンスモーカーが

今でも大勢いるのではないかと思われる。

 

★2020世界の模範都市・東京のシガーバー

20世紀、近代国家が成長する過程で

創り上げられた、一つの喫煙文化は、

今、絶滅の危機に瀕している。

 

2020に向けて世界の模範都市になるために、

東京都はますます喫煙に厳しくなった。

弱小の飲食店にも圧力がかけられ、

2020年4月1日から従業員を雇っている店は原則禁煙となる。

都内の少なくとも約84%の店が禁煙になる見込みだと言う。

 

僕の友人がやっている神楽坂の店は、

1950~70年代の雰囲気を売りにしていて、

常連客の大半はスモーカー。

そしてご年輩の人も多い。

 

現在、昼間カフェ、夜はバーだが、

来年4月からは「シガーバー」として営業するようだ。

そうでなければ営業できなくなるのである。

 

完全分煙のために店を改装する費用が出せないのが理由だが、

もはや店内にはタバコの匂いが深く染み付いてしまっているので、

建て替えでもしなければ、煙草嫌いは寄ってこないだろうと言う。

 

「シガーバーも受動喫煙防止法の対象で禁煙になりますか?」

なんて笑い話みたいな質問がウェブ上に載ってたりして、

これはこれで混乱が起こりそうな気がする。

 

★愛煙家通信

 

“あるホテルのシガーバーで、おばさんに「タバコやめてくれませんか」と言われて大喧嘩になったことがある”

 

そう語るのは作家の北方謙三氏だ。

 

これは「愛煙家通信」というウェブサイトに載せられた

北方氏の投稿文の一部。、

 

この文章がめっぽう面白く、こんな一節もある。

 

“男というのはね、女が価値を認めないようなものを

大事にするものなんですよ。

煙になって消えて行くようなものの価値なんて、女にはわかりませんよ。

男なんて人生そのものが煙みたいなものだから、自分と重ね合わせて、

そういう消えて行くものの価値を大切にする。

ほとんどの女は絶対、煙になって消えようなんて思ってないですからね”

 

さすがハードボイルド作家。

人生における喫煙の意味、そして女には理解困難な、

喫煙に対する男の心情を見事に言い表した

含蓄のある言葉である。

 

こじつけ?

そう、タフガイらしい、そのこじつけ力が素晴らしい。

 

この「愛煙家通信」の投稿コーナーは、

「禁煙ファシズムにもの申す」と題され、

さまざまな著名人の意見やエッセイが載っている。

 

ちなみに杉浦日向子氏や上坂冬子氏など、

女性作家や学者なども寄稿している。

 

「たばこはわたしの6本目の指」なんて、

そそられるタイトルで書いているのは女優の淡路恵子氏。

こんな色っぽいことを囁かれたら、

夜のブラックホールに吸い込まれそうだ。

 

好き嫌い、良い悪いはともかく、

なぜ、20世紀の近代国家の成長段階で、

あれほど喫煙が持てはやされ、

一つの文化を7築いたのか、

歴史を知る意味でも

「愛煙家通信」は一読の価値があると思う。

 

★かつては愛煙家、じつは今も

僕はかれこれ20年近く前に25年間の喫煙習慣を捨てた人間だ。

心情的には喫煙者・禁煙者、双方の間を、

コウモリみたいに、どっちつかずで行ったり来たりしている。

 

だから性懲りもなく、毎年思いついたように

この「酒、タバコ、やめて100まで生きたバカ」という

シリーズを書き続けている。

 

それはやっぱり体はタバコを受け付けなくなったが、

心のどこかで、過去の自分を含め、

タバコを吸っていた人たちを愛していたいからだと思う。

早い話、ノスタルジーや思い出の世界。

変わりゆく世界への抵抗、なのかもしれない。

 

時々、あのまま吸い続けていたら、

今ごろどうなっていたか?と考える時もある。

 

もしかしたら今と変わらず元気でいるかもしれなし、

重大な健康障害に陥っていたかも知れない。

中年以降の人生は今とは違ったものになっていたかもしれない。

 

そんなこと、誰にもわからない。

自分にもわからない。

ただ、やめてしまったからこそ、

一つの世界、一つの文化として

却って興味をそそられる部分がある。

 

酒もタバコも人間の愚かしい習慣だと思う。

でも、その愚かしいストーリーがある世界から

たぶん一生離れられない。

  


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オス犬は令和の時代も片足を上げてオシッコをするのか?

 

今日、久しぶりに片足を上げて

電柱におしっこしている犬を見た。

何か心を打たれるものがあった。

なぜ心打たれたのか?

 

おお、ここにまだオスがいる。

ああ、ここにまだ昭和が残っている。

そう思ったからだ。

 

片足を上げておしっこするのは、

オス犬の所業である。

彼らはオシッコの匂いによって

「われ、ここにあり」と、

自分の存在の証を立てる。

 

それを近所の仲間らに知らしめるわけだ。

「ああ、今日ここを山田さんちの

ごっつい秋田犬のケンさんが訪れたのだ。

ケンさんは強くてかっこいいからな」と、

近所の仲間らは認識し、

ケンさんのところからなるべく離れたところで

「ここなら怒られないかな」と、

シャーっとするわけだ。

 

・・・というのはもはや昭和時代の話なのではないか?

いま、果たしてオス犬たちの間で

街中でこうした仁義を切る習慣は残っているのだろうか?

 

以前は飼犬の多くは番犬、もしくは猟犬の役割を担っていた。

なので野性の本能が残っており、

ゆえにおしっこマーキングの習慣も

当たり前のように続けられていたわけだ。

 

しかし時代は流れ、少なくとも街中にいる犬は、

ほとんどが愛玩犬になり、家の中で人間と一緒に

暮らすようになった。

 

よその犬と争うこともなく、

飼い主さんの言うことを聞いていれば

平和に穏やかに腹を減らせることもないオス犬が

片足を上げておしっこするのだろうか?

 

街中でそんなことをしたら、、

下品な犬、しつけがなってない犬と見られて、、

飼い主が恥ずかしい思いをするので、

子犬の頃からきちんとしつけられ、

おしっこも管理されるのではないだろうか?

 

そう言えば昔ロンドンで暮らしていた頃、

公園などを犬が散歩しているのをよく見たが、

片足上げておしっこしている犬は見たことなかった。

 

そもそも今の生活環境で、

わざわざマーキングして自分の存在を他の奴らに

誇示しなくてはいけない必然性などないように思える。

 

また、老犬になり、自分の体力の衰えを感じても

オスは頑張って片足おしっこするのだろうか?

 

さらにまた、イヌの仲間であるキツネやタヌキ、

先祖と言われるオオカミなども、

オスは片足上げておしっこして存在を誇示するのだろうか?

 

いろいろ疑問が広がるオス犬のおしっこ。

現在の新常識はどうなっているのk?

イヌの飼い主さんがいたら教えて下さい。

 


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オバQヒーリング

 

★オバケのQ太郎大全集

「ドラえもん」じゃなくて「オバQ」のファンである。

近所の高井戸図書館にはYA(ヤングアダルト)向けに

往年の名作漫画の全集が置いてあり、

ちょこちょこ「藤子・F・不二雄大全集」を借りて読んでいる。

 

この「オバケのQ太郎大全集」は確か12巻まであって、

少年サンデーに連載されていたものをはじめ、

小学館の学習雑誌などに載ってたもの網羅されている。

 

そんなに昔のマンガを読みたいとは思わないが、

「オバQ」と赤塚不二夫の「おそ松くん」は別格で、

いま読んでも面白いと思う。

 

★元気回復・食欲回復の特効薬

この間、胃腸の具合の悪くなった時、

なんとか仕事を済ませると、

布団にもぐりこんでオバQを読んでいた。

 

何といっても、おおらかで可愛くて、

ドラえもんにはない楽しさがある。

 

とくにQちゃんがちゃぶ台(この時代は普通)で

きちんと正座して、おいしそうに

ごはんをパクパク食べてる絵が最高である。

 

ラーメンという食べ物を初めて知ったのも、

ラーメン大好きキャラの小池さんに

出会ってからだ。

 

オバQを読んでたら、

ストレスがすーっと消えていって

元気を取り戻し、食欲が回復してくる。

 

そういえば、子どもの頃も病気をすると、

布団の中で「おそ松くん」と「オバQ」を読んでいた。

弱った時の回復マニュアルは変わらない。

 

★トキワ荘コンプレックス

この全集には、僕が読んでない話

(1960年代半ばごろのサンデー掲載分)も結構多い。

というか、よく考えたら

テレビアニメは毎週見てたけど、

雑誌の原作の方はあんまり読んでいなかった。

 

古い絵柄を見ていると、相棒の藤子不二雄Aさん、

加えて、トキワ荘の仲間だった石ノ森章太郎さんや

赤塚不二夫さんのテイストも混じってて、

懐かしくて賑やかで、妙に新鮮だ。

 

★「女学生の友」の「オバケのP子日記」

それから番外編として「オバケのP子日記」も

載っている。

こちらはQ太郎の妹のP子ちゃんが主人公だ。

 

小学館が出していた「女学生の友」という雑誌に

連載されていて、これは中高生の女の子が読者だった。

P子ちゃんが界外留学(オバケ界➔人間界)で

ホームステイするのが、その中高生と思しき

ユカリちゃんという女の子の家。

 

ユカリちゃんはおっちょこちょいでトボケてて、

夢見る少女という、なかなか可愛くて魅力的な

キャラクターだ。

 

幼稚園・小学生相手のオバQと比べて

話題がちょっと大人っぽく(?)、

恋愛やらダイエットやら留学のことなどで

悩んでいるユカリちゃんを見て、

P子ちゃんが助けよう、お手伝いしようと

奮闘する筋立てだ。

 

これは初めて読んだのでひどく新鮮だった。

そして、女性の関心は今も昔も変わらないのと、

読んでいた女学生の多く(1966年頃の掲載)は

そろそろばあちゃんになるんだなと思うと、

妙に感慨深いものがあった。

 


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千葉大停電と原発モンスターの歴史から、 電力自前調達・地域調達の必要性を考える

 

★成熟して腐り始めた電力産業

頭の中で、今月の関西電力⇔高浜町の元助役と、

先月の千葉の大停電と、8年前の3・11、

福島第一原発の事故が、グルグルとリンクしている。

 

僕たちの生活を豊かに、便利にしてくれる

電気というエネルギーの歴史は、

まだ150年に満たない。

社会のインフラとして欠かせない存在になったのは、

せいぜい戦後から。

この70年ちょっとのことだろう。

 

何でもそうだが、その技術・産業が誕生し、

成長する過程では、人は感動を持って見つめ、

恩恵を感じ、その成長・成熟を祝う。

 

しかしいったん産業として成熟し、

あって当たり前のものとなり、

大規模ビジネス化してくると、

その裏でいろんな負のドラマが生まれる。

 

★元助役の調脅し文句と、電力会社の罪悪感

関西電力と元助役の、歪んだ、醜悪な関係は

その象徴的なものだ。

 

金品を贈り続け、拒めば

「お前の家にダンプを突っ込ませる」

「娘がどうなってもいいんだな」なんて、

 

今時、ヤクザでも口にしない、

ほとんど昭和の劇画みたいな脅し文句が出たという。

 

そんなセリフを吐き、金をつかませたのは、

「俺たちはいつまでも一蓮托生、運命共同体。

裏切るなよ」

とでも表現したかったからなのか。

 

その劇画調のセリフは役員らの胸にいたく響いた。

負い目というか、罪悪感があるからだ。

「モンスターを住まわせてもらっている」

という潜在的な罪悪感。

 

両者の関係を結ぶのは、モンスター――原発だ。

元助役は原発誘致の中心人物だった。

大クライアントと業者の関係。

 

そして町の人たちにとっては、

原発マネーで町をお金持ちにしてくれた功労者。

いわば地元の英雄的存在だ。

 

★昭和の貧しさを救った原発誘致と、平成の原発事故の衝撃

そんな立場にあった人が晩節を迎えた時期、

8年前の東日本大震災における

福島第一原発の事故、

そしてその後、ゴーストタウン化してしまった

双葉町の惨状を見て、

いったい何を思っていたのだろうか?

 

半世紀間の裕福な暮らしと引き換えに、

故郷を失ってしまった人たちの気持ちを

どう捉えたのだろうか?

 

昭和の経済成長時代、原発は必要悪と言われた。

双葉町や高浜町のような地域は、

日本中、原発の数だけある。

 

そしておそらく、そのすべてが

原発建設前は、人口密度の低い辺境で、

とても貧しい地域だった。

 

危険であることはわかっていた。

けれども見返りは大きい。

 

貧しさから脱したい、豊かになりたい。

「安全だよ」という電力会社の言葉、

国の言葉を信じよう。

もう信じるしかない。

 

貧しさから脱するために原発を招き入れた。

原発マネーで街づくりが行われ、

人々は裕福になり、めでたし、めでたしとなった。

 

昭和の時代はそれでよかった。

誰もそれを非難はできない。

けれどもスト―リーは続く。

 

3・11で時代が一気に変ってしまった。

多くの日本人の心はもう原発から離れている。

もはや原発の役割は終わっている。

 

★新しい電力とのつきあい方

それとともに大手電力会社の役割も

これからゆっくりと終わっていくのではないかと思う。

 

あの千葉の大停電の状態を見ると、

電気の供給を大手電力会社のみに頼るのは

あまりにリスクが高い。

 

ソーラーなど自然発電の技術が上がっており、

ベンチャーの小さな電力会社も起業している。

 

だから災害のような非常時には、

各家庭・個人レベルでも、当面必要な電気を、

自前で調達できるようなシステムを

作らないと駄目なのではないだろうか。

 

たとえば自宅、集合住宅にはすべて

ソーラーパネルの設置と簡単な発電装置を

義務付けるとか、

 

あるいは地域の公共施設などに発電装置を設けて、

生活に必要な分の電気くらいは、いつでもそこで充電できるとか。

 

そういうことでもしないと、

盛んに喧伝されているスマート社会など、

絵に描いたモチである。

 

何でもかんでも電気で動く社会だからこそ、

150年の「歴史を踏まえて、

電気というエネルギー、

そのお世話になる生活のことを

丁寧に考えていかなくては、と思う。

 

関西電力の問題がそんなことを考えさせてくれた。

 


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純情ストーカー男と純心DV願望女の昭和歌謡

 

昭和歌謡にはストーカーするする男と、

DVしてして女が登場する。

 

前者の代表は坂本九の「明日があるさ」、

後者の代表は奥村チヨの「恋の奴隷」か。

 

高井戸図書館にはCDも置いてあるので、

歌好きな義母のために2枚ほど借りてきた。

 

耳が悪いので、そのまま聴こうとすると、

近所迷惑な大音量にしなくてはいけないので、

ヘッドホンで聴いてもらう。

 

全30曲、義母はノリノリで声を出して歌いまくる。

同じ家にいる僕としては、ちとうるさいなと思うが、

これくらいなら近所迷惑にならないからいいかとガマン。

 

認知症なのだが、若い頃に聴いた歌は

脳のどこかにこびりついていて、

心地よい世界にトリップできるようだ。

 

それにしても、義母が歌うと歌詞が気になる。

「明日があるさ」も「恋の奴隷」も大ヒット曲だが、

現代なら発禁になりそうな内容だ。

 

しかし、明るいメロディーと

歌い手の九ちゃんのキャラクターも相まって、

「明日があるさ」の主人公のストーカーまがいの行為は、

愛すべき純情男の、片思いの表現とされていた。

 

そして、子犬のように膝に絡みついたり、

「悪い時はどうぞぶって」と言う「恋の奴隷」の女は、

男にとってはたまらなく可愛い純心女だった。

 

もちろん当時は、ストーカーや

ドメスティックバイオレンスなんて言葉自体、

存在してなかったし、

流行歌や作詞家が悪いわけでもない。

 

けど、子どもの虐待が頻発し、

その原因の一つに、男の女に対するDV、

支配構造があると聞くと、

やっぱり気分が落ち着かなくなる。

 

僕も子どもや若い時分には、人生の先輩たちに

「女ってのはちょっとくらい殴って、言うこと聞かせなきゃだめだ」

なんてことをよく言われた。

 

半ば冗談であったり、子ども・若造の前で

男気を見せようという意識がはたらいて、

そんなセリフになったんだろう。

ただ、やっぱり昭和はまだ男が威張れた時代、

言い換えれば甘やかさていれた時代だったんだなと思う。

 

人間は感情で動く生き物だ。

理屈は感情で行動した後の言い訳・後付けに過ぎない。

歌は感情に深く訴えかけるからこそ、

認知症になった義母も憶えている。

 

男尊女卑(とあえて言う)の時代の空気を取り込んだ

昭和歌謡に親しんできた世代の人たちが、

セクハラやパワハラという概念に理解を示し、

現代の考え方に順応していくのは、

それだけですごいことなんじゃないかな。

 

けど、その遺伝子を引き継いでしまった若い人たちが、

まだまだ大勢いるようだ。

 

余談だが、「恋の奴隷」を歌った奥村チヨさんは

昨年、71歳で引退したそうだ。

「恋の奴隷」(改めて見るとすごいタイトル!)が

リリースされたのは1969(昭和43)年。

彼女は22歳だったが、あの歌詞には抵抗があった、

とコメントしていた。

 

けど、「わたしを奴隷にして」と歌うことで、

当時の男の心を虜にしたんだよね~。

 


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令和元年阿佐ヶ谷七夕祭り

 

義母を連れて阿佐ヶ谷の七夕祭りへ。

朝早めに行ったので、まだそんなに混雑してなくて、

ゆっくりとお散歩できた。

 

面白かったのが、昭和29年からの過去65年の写真展。

昭和30年(第2回)は時計屋やワイシャツ・ネクタイなどが

飾りになっていて、

なんとなく「高度経済成長」「モーレツ社員」といった

キーワードが思い浮かぶ。

 

お気に入りだったのは昭和55年の

不二家のペコちゃん・ポコちゃんの織姫・彦星。

 

この頃からキャラクターのハリボテが増えたのか、

平成以降はすっかりアニメキャラ中心になっている。

 

たったこれだけの写真でも時代の流れがわかるものだ。

 

義母は露店で売っているものを目にして、

「あれ食べたい」「あれ買いたい」と

子どもみたいに言うので、

ターキーレッグやわらび餅など、

いろいろお土産を買って帰った。

 

家に帰って、昼食用に食卓に広げる。

「これお母さんが欲しいと言ったから買ったんだよ」

と言うと、

「そんなこと言ったっけ?」

というオトボケぶり。

ってか、もうすっかり忘れてる。

 

で、撮った写真を見せると、

「わーすごい」「わーきれい」などと喜んでいる。

 

「今度は高円寺の阿波踊りに行きましょう」

というと、

「わー、連れてってくれるの。うれしい!」

 

いちおう、喜んでくれたり、楽しみにしてくれたりするので

いいんあだろうなぁ。

それもまた、ちょっと後には忘れてるんだろうけど。

 


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田町駅のペディストリアンデッキの鳩

 

「鳩がクソを垂れて飛び立つ」

 

これは平成の終わりとともに逝った名優、

ショーケンこと萩原健一の代表作

「傷だらけの天使」の第1話の冒頭にあるト書きだ。

あの名作はこの1行から始まった。

 

この脚本を書いた故・市川森一氏は

「傷だらけの天使とは何だったのか?」と回想した際、

自分で書いたこのト書きに,

その答えを発見した、と語っていた。

 

「鳩=平和のシンボル。

 傷だらけの天使とは、1970年代の平和と繁栄の“クソ”だったのだ」

 

今日、仕事(三田の方で取材があった)で

久しぶりに田町駅で降りたら、

三田方面に向かうペディストリアンデッキの手すりの上に、

あまり美しくない鳩がズラリと居並んでいた。

 

女の人などは、汚いものを見るようにイヤ~な顔をして通り過ぎていく。

 

鳩が平和のシンボルだと言われても、

今や「?」の人が多いのではないか。

僕たちは平和にも繁栄にも慣れ切ってしまっている。

 

でも、巨大なビルが立ち並び、

あまり人が始終行き交う大都会の真ん中で、

僕たちのようにあまり美しくもなく、強くもなく、特別でもなく、

もちろん偉大でもない、平々凡々とした鳩たちが、

わやわや集まって仲良く生きている光景を見たら、

やっぱり平和とはいいものだよなと思った。

PEACE。

 


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葬儀・供養に関する「昭和システム」の呪縛

 

つましい生活をしていた高齢者が亡くなってみたら、何千万円ものタンス預金を残していて、びっくり! ――という話をよく聞く。

なんで?

そんなにお金があるんなら、貧乏に甘んじず、もっと裕福に暮らせたろうに・・・と思っていたが、今回、義父の死に触れて「そりゃ当然だな」と納得してしまった。

 

お葬式をするのも、お寺さんにお経を唱えてもらって戒名をいただくのも、納骨してお墓を建てるのも、従来の、いわゆる「昭和システム」にのっとってやっていたら、いくらお金があっても足りない。

あっという間に数百万、ちょっと見栄を張ったら1千万くらいすぐに使ってしまう、と思う。

 

これに前後の医療費やケアのお金を入れれば、そりゃたしかに何千万円も持ってなきゃ、安心して老後を暮らせないし、安らかに眠ることもできない。

 

けっして日本の仏教文化、葬儀供養の文化を軽んじるわけではないが、「昭和システム」の葬儀供養を遂行するのは、今や、よほどのお金持ちでなければ無理である。

 

「無理をしてでもやるべきだ」という宗教心の厚い人、伝統的な習慣を重んじる人の意見もあると思う。

否定するつもりはない。

 

ただ、伝統的な習慣と言っても、みんながこれだけお金の掛かる供養葬儀をやるようになったのは、高度経済成長時代からだ。

 

現代のように、広く自由に情報が飛び交う時代ではなかったので、業者などに「そういうものだ」と言われれば、「そういうものか」と選択肢もなく、無理をしてでもそうせざるを得なかった面もあるだろう。

 

要は一般庶民にも裕福な人が大勢増えて、昔の武士階級・貴族階級・地域の名士など、社会的地位の高い人たちの真似をしたくなっただけではないのだろうか。

 

現代はお葬式にしても、お墓にしても、供養の仕方にしても、多様な選択肢がたくさんある。

無理なく、納得でき、大事な人を心から偲べるやり方は、いくらでも自分たちで創ることができる。

 

盛大なお葬式をして、りっぱなお墓を立てて、遺された家族がみんなハッピーになれるなら、それでいい。

 

けれどもそうでなく、精神的にも経済的にも負担が増えるばかりで、心から偲ぶこともままならないリスクを背負いそうなら、昭和の習慣の呪縛から自由になったほうがいい。

 


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さらば平成――みんなが昭和に帰りたがった30年

 

平成もいよいよ残り1週間ということで、家族で「平成の最高傑作映画」は何か、議論した。

ギロンと言うと大げさだけど、ま、めしの時に話してたわけです。

「平成の」と冠詞が付いているので、邦画限定。

 

僕としては岩井俊二監督や是枝裕和監督の作品を選びたいところだが、クオリティの高さにも関わらず、このお二人の映画はあまり一般受けしているとは言い難い。

 

そこで選んだのは「ALWAYS 三丁目の夕日」である。

選んだと言っても僕とカミさんと息子の3人の意見が一致しただけです。

あとはアニメ部門として、ジブリの「もののけ姫」と「千と千尋の神隠し」。

 

興行収入の面から見ても「ALWAYS 三丁目の夕日」は、トップクラスだと思う。

そして、そこから平成とはどういう時代だったのか、時代精神が見えてくる。

 

「昭和に帰りたい」

 

これこそが平成の本質だったのではないか。

あくまで僕の印象だが、平成前期、日本人の心は荒れに荒れた。

 

バブル経済から始まり、あっという間にそれが崩壊。

「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と胴上げされて宙に舞ったと持ったら、ドカンと落されて愕然としているところに、

阪神淡路大震災。

続いて、自分たちの妄想を現実にしてしまおうとする、

オウム真理教の地下鉄サリン事件が起きた。

 

さらに続いて神戸の連続児童殺人事件など、子どもの妄想狂の不可解な犯罪、

精神がイカれてしまったような連中の、

あたかもホラー映画のような殺人事件が頻発し、

それまでとはまったく違った社会が始まってしまった。

 

そして、経済の落ち込みがそれに拍車をかけた。

 

大勢の人がその地殻変動に恐れ戦き、

ああ、昭和はあんなに幸せだったのに・・・と過去を美化した。

 

昭和だって不可解な事件は山ほどあったはずだが、

情報化が進んでなかったせいで

表に出てこなかっただけだと思う。

あるいは隠ぺいされていたか。

 

いま振りければ、社会全体が格段に貧乏(ビンボーだけど幸せだよねなんて言ってる余裕のある人は、本当の貧乏人ではない)だったし、差別もセクハラもパワハラも横行していたし、人権だってないがしろにされていた。

 

昔が良かったはずはない。

 

けれども、いやなこと・ダメだったことに目を瞑り、

いいこと・楽しかったことだけをかき集めて貼り合わせ、

心の中に「懐かしい、ハッピーだった昭和」を築いた。

 

そうしなければ、みんなの精神のバランスが崩れてしまっていたかもしれない。

 

「みんなが昭和に帰りたがった時代」というのがあまりに後ろ向きというなら、

「みんが昭和とは何だったんだろう?と検証した時代」と言い換えてもいいかもしれない。

 

文化的にも新しいものは生まれず、昭和生まれの文化の焼き直しが目立った。

 

平成生まれの、うちの息子のような若い連中も

昭和文化の方が圧倒的に面白いと言う。

 

最近はネットのアーカイブの発達・充実で、

いつの時代のものも見放題・研究し放題。

彼は僕より昭和カルチャーについて詳しいくらいだ。

 

だけど、そんな30年に及ぶ流れも令和になったら終わる。

たかが元号が変わるだけだけど、この国において言霊は強力だ。

 

もう十分に検証も終わって、来年のオリンピック・パラリンピックを境に、昭和は彼方に遠去かっていくだろう。

 

さらば平成、さらば愛しき昭和よ。

いったいこれからどうなってしまうのか?

たぶん令和がどうなるか、最初の3年で時代のトーンが決まると思う。

 

楽しみもあるけど、僕はやっぱり恐れおののいています。

あなたはどうですか?

 

とりあえず、ゴールデンウィークは

「ALWAYS 三丁目の夕日」を見て心を休めようかな。

 

 

 

 

 


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カレンダー大変動に昭和人降参

 

 きょう、貸家の契約更新で不動産屋へ行ったら、デカデカと「2019年 平成23年」と上下に併記した紙がオフィス内の3ヵ所に貼ってあった。

 大家さんも、店子さんも、西暦と元号がごっちゃになってしまう年配の方が多いのだそうだ。

 

 ちなみにうちの母は西暦も平成もよくわからず、昭和○年と言わないと駄目だ。

 今年は昭和94年だよ。だからお母さんは90歳」と、帰省するたびに説明している。

 もはやこのあたりの人たちは、新しい元号や、西暦換算なんてもう諦めて100年を越しても昭和で押し通した方がよさそうだ。

 

 今年に限っては「退位の日」と「即位の日」の制定され、4月から5月にかけて天皇陛下の交代劇をはさんだ10連休のスーパーゴールデンウィークになるが、来年もまたすごい。

 

 10月第2月曜日だった「体育の日」――これまた昭和人には「10月10日」としっかり刻印されているが――は7月24日、すなわち東京オリンピックの開会式の日に移動するのだそうだ。しかも名称は「スポーツの日」に変わるとのこと。

 

 7月になるのはどうやら来年限定らしいが、いずれにしても「体育の日」は今年が最後。最近は学校の運動会も春に回されちゃうケースが多いし、10月のイメージが変わってしまいそうだ。

 

 ついでに「海の日」やら「山の日」もオリンピックに合わせて大きく移動し、真夏に「金メダルウィーク」ができるらしい(これは僕が勝手にそう言ってる)。

 

 それにしても昭和人たちが大混乱に陥りそうな今年と来年のカレンダー。

 いろいろ事情があって祝日だらけになるのはしかたがないけど1、あんまり連休が増えるとその前後が大変なんだよね。

 休みに合わせて仕事の締め切り前倒しとか、休み明けに見たいからここまでやっといてとか、1年の半分が年末進行になりそうだ。

 


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オリンピックをオワコンにするのはインターネット?  それとも「夢よもう一度」の利権執着昭和人?

 

 ここ数日、テレビをひねってニュースを見ると、終戦関連のニュース、猛暑・台風などの気象ニュースのほかは、民放は日本ボクシング連盟の山根明会長の独壇場と化しています。

 

 昨年末の日馬富士の暴力事件に端を発する大相撲のお家騒動や、先だっての日大アメフト部の問題など、スポーツ関連のスキャンダルはウケるのでと徹底的に深掘りしていくのが近年のマスメディアのお家芸になっているようです。

 

 本来、クリーンであるべきはず(というかクリーンであってほしい)スポーツの理想と、全然そうなっていない現実とのギャップが面白く、視聴者が舞台裏を楽しめちゃうからでしょう。

 いわば「バックステージツアー」ですね。

 

★利権の匂い

 

 さて、渦中の山根会長、床屋さんへ行くのに日の丸のついた日本代表のトレーニングウェアなんぞ着て登場したせいか、報道の裏からはオリンピックの利権の匂いがぷんぷんと漂ってきます。

 

 もちろん、これは今に始まったことでなく、例の新国立競技場やエンブレムの問題からすでに腐敗臭がダダ漏れしていました。

 オリンピックというおいしいメロンを、あっちこっち、みんなで撫でまわしているうちに、本来の食べごろのはるか前から完熟を通り越して腐ってきちゃった、という印象を受けます。

 

 こんなこと言うと、オリンピック目指して頑張っている選手の皆さんや周囲の関係者の皆さん、ファンの皆さんに申し訳なんだけど、2年後、僕たちは本当に純粋にハッピーでエキサイティングな気持ちでオリンピックを迎えられるのか心配になります。

 

 まぁ、そういう気持ちで迎えなくちゃいけないよ、という国民の義務はないので、どうでもいいといえば、どうでもいいんですけど。

 

 試しにインターネットで「オリンピック、利権」とキーワードを入れてみると、ぞろぞろいろんな記事が大量に出てきて、こんなのを読んでいるうちに、国民の何割かは心が離れて行ってしまうのでは・・・と、またまた心配になります。

 

 心からオリンピックを楽しみたいと思っている人は、ニュースはNHKだけに絞って見たほうがいいかもしれません。

 

★56年前の夢よ もう一度

 

 僕が思うにオリンピック運営の上層部にいる昭和人たちは、1964年の

前回開催のイメージが頭にこびりついていて離れないのでは?

 

 時代は高度経済成長の真っただ中。

 「オリンピックを開催してもっともっと豊かになろう、世界の人たちに敗戦からみごとに立ち直って新しい国づくりに成功した日本を見てもらおう」

 と明るく言えば、「よっしゃあ!」と、国民の心は容易くまとまるし、実際にますます景気は良くなり、経済成長していけました。

 

 それにインターネットという、どこの誰ともわからぬ国民が言いたいことを言いまくって発信する鬱陶しい装置もありませんでした。

 テレビ・ラジオ・新聞で当局に都合のいい情報だけを世の中に広めることも簡単にできちゃったわけです。

 

 1964年大会が「若き高校球児」だとすれば、2020年大会は「引退目前まで追い詰められて必死に踏ん張ろうとしているロートルプロ野球選手」のようなもの。

 

 前時代的な利権執着昭和人の「夢よ もう一度」のために、なんで俺たちも付き合わなくちゃいけないのか・・・

 と考える人たちが大勢出てきてもおかしくないでしょう。

 

 最近の進行状況を見ていると、利権で儲けられる人は大儲けできそう、そうでない人はボランティアという美名のもと酷暑の中をこき使われそう、といった現代の格差社会の写し絵的世界が展開する様相です。

 もちろん、純粋にハッピーでエキサイティングな気持ちで、ボランティアとして参加できるのならいいのですが。

 

★オリンピックはこの先も必要なコンテンツなのか?

 

 そもそも近代オリンピックというコンテンツ自体が、国力の見せつけだったり、金儲けの道具だったりしたわけで、果たして今、そういった必要をどれくらいの人が認めているのか?

 1964年を体験した昭和の大衆と同じように、人生に刻印されるべき価値

あるイベントになりうるのか?

 

 また、今回の東京大会のドキュメントが大量にネット情報として発信されるので、それに触れた世界の人たちが、今後、自国でオリンピックをやりたい!と、純粋にハッピーでエキサイティングな希望を持てるのか?

 

 実際、莫大な予算がかかる関係で、IOCは東京以後の開催地候補があまりに少なくて困っているという話も聞きます。

 

 とは言っても、青春をかけるアスリートや、スポーツに元気をもらって生きている人たちにとってオリンピック・パラリンピックは、希望の星。そう簡単にオワコン(終わったコンテンツ)にするわけにはいきません。

 

 ただ、どうしたらもっと希望の持てるイベントにできるのか、どこかで再生手術をする必要があるだろうと感じます。

 オリンピックをオワコンにするのもインターネット、よみがえらせるのもインターネットなのでしょうか・・・。

 


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